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2016年12月以前の記事は右下の「過去ログ」から、お探し下さい。

2008年11月07日

道化師のソネット

道化師のソネット(さだまさし)






  本日も当「肉まん父さんのゼロからお金を貯めよう(FX日記)」にお越し頂きありがとうございます。本当に感謝しております。これからも応援よろしくお願い致します。




道化師のソネット




道化師のソネット




1980年の歌です。




肉まん父さん自身、




この曲により、




たくさんの元気をもらいました。




とても良い名曲だと思います。




道化師のソネット


笑ってよ君のために  
笑ってよ僕のために

僕達は小さな舟に  
哀しみという荷物を積んで
時の流れを下ってゆく  
舟人たちのようだね
君のその小さな手には  
持ちきれない程の哀しみを
せめて笑顔が救うのなら  
僕は道化師(ピエロ)になれるよ

笑ってよ君のために  
笑ってよ僕のために
きっと誰もが同じ河の  
ほとりを歩いている

僕等は別々の山を  
それぞれの高さ目指して
息もつがずに登ってゆく  
山びと達のようだね
君のその小さな腕に  
支えきれない程の哀しみを
せめて笑顔が救うのなら  
僕は道化師(ピエロ)になろう

笑ってよ君のために  
笑ってよ僕のために
いつか真実(ほんとう)に笑いながら  
話せる日がくるから

笑ってよ君のために  
笑ってよ僕のために
笑ってよ君のために  
笑ってよ僕のために


道化師のソネット(さだまさし)



posted by 肉まん父さん at 06:26 | Comment(0) | TrackBack(0) | 思い出の名曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月04日

木綿のハンカチーフ

木綿のハンカチーフ(太田裕美)





  本日も当「肉まん父さんのゼロからお金を貯めよう(FX日記)」にお越し頂きありがとうございます。本当に感謝しております。これからも応援よろしくお願い致します。




木綿のハンカチーフ




木綿のハンカチーフ




1975年の名曲です。




このころは高度経済成長期で




今以上に田舎から




東京を中心とした




都会に職や可能性を求めて




移動する若者の熱気が




すごかったように思います。




この曲は




その当時のことを




思い出させてくれる




名曲だと思います。




木綿のハンカチーフ


恋人よ 僕は旅立つ
東へと 向う列車で
はなやいだ街で 君への贈りもの
探す 探すつもりだ
いいえ あなた私は
欲しいものはないのよ
ただ 都会の絵の具に
染まらないで帰って
染まらないで帰って

恋人よ 半年が過ぎ
逢えないが 泣かないでくれ
都会で流行(はやり)の 指輪を送るよ
君に 君に似合うはずだ
いいえ 星のダイヤも
海に眠る真珠も
きっと あなたのキスほど
きらめくはずないもの
きらめくはずないもの

恋人よ いまも素顔で
口紅も つけないままか
見間違うような スーツ着たぼくの
写真 写真を見てくれ
いいえ 草にねころぶ
あなたが好きだったの
でも 木枯しのビル街
からだに気をつけてね
からだに気をつけてね

恋人よ 君を忘れて
変わってく ぼくを許して
毎日 愉快に過ごす街角
ぼくは ぼくは帰れない
あなた 最後のわがまま
贈りものを ねだるわ
ねえ 涙拭く
木綿のハンカチーフ下さい
ハンカチーフ下さい


木綿のハンカチーフ(太田裕美)



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2008年10月31日

まちぶせ

まちぶせ(石川ひとみ)






  本日も当「肉まん父さんのゼロからお金を貯めよう(FX日記)」にお越し頂きありがとうございます。本当に感謝しております。これからも応援よろしくお願い致します。




まちぶせ




まちぶせ




1981年のヒット曲です。




この曲をはじめて




聴いた当時は




何か色々と考えさせられた




名曲で、今でも




その当時のことが




色々と思い出されます。



まちぶせ


夕暮れの街角、のぞいた喫茶店
微笑み見つめ合う、見覚えある二人
あのこが急になぜか、きれいになったのは  
あなたとこんなふうに、会ってるからなのね
好きだったのよ、あなた、胸の奥でずっと  
もうすぐわたし、きっと、
あなたを、ふりむかせる

気のないそぶりして、仲間に加わった  
テーブルをはさんで、あなたを熱く見た

あのこがふられたと、噂にきいたけど  
わたしは自分から、言い寄ったりしない
別の人がくれた、ラヴ・レター見せたり  
偶然をよそおい、帰り道で待つわ
好きだったのよ、あなた、胸の奥でずっと  
もうすぐわたし、きっと、
あなたを、ふりむかせる

好きだったのよ、あなた、胸の奥でずっと  
もうすぐわたし、きっと、
あなたを、ふりむかせる
あなたを、ふりむかせる


まちぶせ(石川ひとみ)



タグ:まちぶせ
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2008年10月28日

イエスタデイワンスモア

イエスタデイワンスモア(カーペンターズ)


Yesterday Once More(Carpenters)








  本日も当「肉まん父さんのゼロからお金を貯めよう(FX日記)」にお越し頂きありがとうございます。本当に感謝しております。これからも応援よろしくお願い致します。




イエスタデイワンスモア




イエスタデイワンスモア




肉まん父さんが好きな




カーペンターズ




の1973年の




イエスタデイワンスモア




は昔のことを思い出すような




内容が含まれている名曲です。




肉まん父さん自身、若い頃は




何回も聴いた歌ですね。




今でも




その当時を思い出す




懐かしい名曲です。



イエスタデイワンスモア


When I was young
I'd listen to the radio
Waitin' for my favorite songs
When they played I'd sing along
It made me smile.

Those were such happy times
And not so long ago
How I wondered where they'd gone
But they're back again
Just like a long lost friend
All the songs I loved so well.

Every Sha-la-la-la
Every Wo-o-wo-o
Still shines
Every shing-a-ling-a-ling
That they're startin' to sing's
So fine.

When they get to the part
Where he's breakin' her heart
It can really make me cry
Just like before
It's yesterday once more.

Lookin' back on how it was
In years gone by
And the good times that I had
Makes today seem rather sad
So much has changed.

It was songs of love that
I would sing to then
And I'd memorize each word
Those old melodies
Still sound so good to me
As they melt the years away.

Every Sha-la-la-la
Every Wo-o-wo-o
Still shines
Every shing-a-ling-a-ling
That they're startin' to sing's
So fine.

All my best memories
Come back clearly to me
Some can even make me cry.

Just like before
It's yesterday once more.


イエスタデイワンスモア(カーペンターズ)




Yesterday Once More(Carpenters)


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2008年10月24日

ハイスクールララバイ

ハイスクールララバイ(イモ欽トリオ)






  本日も当「肉まん父さんのゼロからお金を貯めよう(FX日記)」にお越し頂きありがとうございます。本当に感謝しております。これからも応援よろしくお願い致します。




ハイスクールララバイ




ハイスクールララバイ




萩本欽一氏の人気テレビ番組から




1981年に発表された




大ヒット曲です。




やはり、




テレビの影響は




大きいものですね。




肉まん父さん自身




そのころ、




この番組は




毎週見て楽しんでいました。




そして、一度も採用されることは




なかったのですが、




何回かこの




良い子・悪い子・普通の子




のコントのネタの




はがきも出したことがありますよ(ニコッ)。




だから、この




ハイスクールララバイ




も自然に覚えてしまいましたね(ニコッ)。




ただ、今改めて見ると、




唄っている3人の方々の




表情は真剣ですね。




このころは、




テレビを子供達に見せるのにも




安心してみせることが




出来た時代だと




思っています。




ハイスクールララバイ


とにかくとびきりの美少女さ
うかつに近寄れば感電死
授業も上の空 よそ見して
チョークが飛んできた ハイスクールララバイ

ねえ君 下駄箱のらぶれたあ
読まずに破くとはあんまりさ
可愛い顔して冷たいね
廊下で振り向いたハイスクールララバイ

100%片思い
Baby I love so 好き好き Baby
100%片思い
グッと迫れば無理無理Baby
100%片思い
Baby I love so 好き好き Baby
100%片思い
ちょっと振られてフリフリBaby

(セリフ)こんなに好きやのにつれないなーなー

放課後満員バスの中
ブレーキよろめいた偶然に
息までかかるほど急接近
いきなり平手打ち ハイスクールララバイ

ねえ君もっと深く知りあおう
ついては週末のデートなど
もじもじ問いかけた瞬間に
夕日が落ちてきたハイスクールララバイ

100%片思い
Baby I love so 好き好き Baby
100%片思い
グッと迫れば無理無理Baby
100%片思い
Baby I love so 好き好き Baby
100%片思い
ちょっと振られてフリフリBaby


ハイスクールララバイ(イモ欽トリオ)



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2008年10月21日

メインテーマ

メインテーマ(薬師丸ひろ子)






  本日も当「肉まん父さんのゼロからお金を貯めよう(FX日記)」にお越し頂きありがとうございます。本当に感謝しております。これからも応援よろしくお願い致します。




メインテーマ




メインテーマ




1984年の歌です。




薬師丸ひろ子氏は




この頃は




毎年のように




角川映画の新作の主演をつとめ、




テーマ曲を発表していました。




そして・・・・




肉まん父さんも




毎年のように映画を見に行き、




レコードも買い求めましたね(ニコッ)。




この映画も不思議な




ストーリーでしたね。




メインテーマ


時は忍び足で 心を横切るの
もう話す言葉も浮かばない
あっけないKissのあと
ヘッドライト点して
蝶のように跳ねる彼を見た
好きと言わないあなたのことを
息を殺しながら考えてた
愛ってよくわからないけど
傷つく感じが素敵
笑っちゃう涙の止め方も知らない
20年も生きて来たのにね

深入りするなよとため息の壁なら
思いきり両手で突き破る
煙草をつけようと
マッチするたびに
意地悪して炎吹き消すわ
ドアを開いて独り海へ
あなた車で背中を見ていて
愛ってよくわからないけど
深呼吸不思議な気分
わかってる昨日の賢い私より
少しだけ綺麗になったこと

笑っちゃう涙の止め方も知らない
20年も生きて来たのにね
生きて来たのにね


メインテーマ(薬師丸ひろ子)



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2008年10月17日

探偵物語

探偵物語(薬師丸ひろ子)






  本日も当「肉まん父さんのゼロからお金を貯めよう(FX日記)」にお越し頂きありがとうございます。本当に感謝しております。これからも応援よろしくお願い致します。




探偵物語




探偵物語




1983年の歌です。




以前ご紹介した





「少しだけやさしく」





と同じレコードの裏表で




発表されました。




探偵物語




という映画の主題歌です。




この映画の原作の




赤川次郎氏の




探偵物語も購入して




何回も読んだ経験もありますし、




このレコードも買い求めて




何回も聴きましたね(ニコッ)。




探偵物語

あんなに激しい潮騒が
あなたの背後で黙りこむ
身動きも出来ないの
見つめられて

夢で叫んだように
くちびるは動くけれど
言葉は風になる
好きよ・・・でもね・・・
たぶん・・・きっと・・・

話をそらして歩いても
心はそのまま置き去りね
昨日からはみ出した
私がいる
波の頁をめくる
時の見えない指さき
自信はないけれど
好きよ・・・でもね・・・
たぶん・・・きっと・・・

まだ早い夏の陽が
あとずさるわ
透明な水の底
ガラスの破片が光る
だから気をつけてね
好きよ・・・でもね・・・
たぶん・・・きっと・・・

夢で叫んだように
くちびるは動くけれど
言葉は風になる
好きよ・・・でもね・・・
たぶん・・・きっと・・・

離れて見つめないで


探偵物語(薬師丸ひろ子)


タグ:探偵物語
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2008年10月14日

Wの悲劇

Wの悲劇(薬師丸ひろ子)






  本日も当「肉まん父さんのゼロからお金を貯めよう(FX日記)」にお越し頂きありがとうございます。本当に感謝しております。これからも応援よろしくお願い致します。




Wの悲劇




Woman〜Wの悲劇より〜




1984年の歌です。




この歌も映画の主題歌で




肉まん父さんは




映画館で聴きました。



特に




ああ時の河を渡る船に
オールはない 流されてく



というフレーズが




今でも心に残る位




その当時は




とても新鮮な



フレーズとして




聴いた




名曲です。




もちろん、この映画の




原作の夏樹静子氏の




Wの悲劇




も買い求めて




何回も読みましたし、




この映画の




サウンドトラック盤の




レコードも買い求めて




何回も聴きましたね。




ほんの




二十数年前の




思い出ですね(ニコッ)。




Woman〜Wの悲劇より〜


もう行かないで そばにいて
窓のそばで 腕を組んで
雪のような星が降るわ
素敵ね

もう愛せないと言うのなら
友だちでもかまわないわ
強がってもふるえるのよ
声が・・・・
ああ時の河を渡る船に
オールはない 流されてく
横たわった髪に胸に
降りつもるわ 星の破片

もう一瞬で燃えつきて
あとは灰になってもいい
わがままだと叱らないで
今は・・・・
ああ時の河を渡る船に
オールはない 流されてく
やさしい眼で見つめ返す
二人きりの星降る町

行かないで そばにいて
おとなしくしてるから
せめて朝の陽が射すまで
ここにいて 眠り顔を
見ていたいの


Wの悲劇(薬師丸ひろ子)


タグ:Wの悲劇
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2008年10月10日

少しだけやさしく

少しだけやさしく(薬師丸ひろ子)






  本日も当「肉まん父さんのゼロからお金を貯めよう(FX日記)」にお越し頂きありがとうございます。本当に感謝しております。これからも応援よろしくお願い致します。




少しだけやさしく




少しだけやさしく




1983年の歌です。




肉まん父さんとしては、




薬師丸ひろ子氏の




歌は全て好きです。




そして、




恥ずかしながら




打ち明けると




薬師丸ひろ子氏が




主演した映画は




全て映画館まで




見に行きました。




一人で




見に行ったこともありますし、




二人で




見に行ったこともあります。




一人で




見に行ったときは




もちろん




肉まん父さん一人ですが、




二人で




見に行ったときは




妻と見に行きましたね(ニコッ)。




肉まん父さんが




薬師丸ひろ子氏の




歌が好きなのは、




「甘〜い歌声」




というのは




もちろんなのですが、



そのころの




角川映画の主演女優であったように




何か薬師丸ひろ子氏が




唄う歌が




歌と言うよりは、




薬師丸ひろ子氏が




「台詞(せりふ)」








ぽつぽつ









語っているように




聞こえたのですね(ニコッ)。




どの歌も、




あれから




約三十年たった今でも




新鮮な思いで




聞くことができる肉まん父さんです。




次回からも、




肉まん父さんが実際に




映画館まで




足を運んだ映画の主題歌などを




何曲かご紹介していきたいと




思っています。



少しだけやさしく


少しだけやさしくしてあげる
もしも心に怪我をしたなら
淋しさって包帯で縛ってあげる
少しだけやさしくしてあげる

風に吹かれた手紙のように
私の中に舞い込んだ人
夢を追うのも疲れたよって
苦笑いして外を見ないで

水色の街に
蜜色の雨が降るの
少しだけ冷たくしてあげる
ちょっぴり暗い眼をしていたら
陽気な声ふりまいてはしゃいであげる
少しだけ冷たくしてあげる
重ねた右手そっと外して
私もきっと天の邪鬼だわ
心の蔭で辞書を開いて
愛って言葉探しているの
ガラス越しの店で
ミルクティー飲んでいるの

少しだけやさしくしてあげる
もしも心に怪我をしたなら
淋しさって包帯で縛ってあげる
少しだけやさしくしてあげる

少しだけやさしくしてあげる
もしも心に怪我をしたなら
淋しさって包帯で縛ってあげる
少しだけやさしくしてあげる

少しだけやさしく(薬師丸ひろ子)


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2008年10月07日

オーシャンゼリゼ

オーシャンゼリゼ






  本日も当「肉まん父さんのゼロからお金を貯めよう(FX日記)」にお越し頂きありがとうございます。本当に感謝しております。これからも応援よろしくお願い致します。




オーシャンゼリゼ




オーシャンゼリゼ




1969年の歌ですが、




日本では




1970年に




紹介されました。




肉まん父さんも




若い頃には




何回も聞いた歌です。




懐かしい名曲ですね(ニコッ)。




オーシャンゼリゼ


街を 歩く 心軽く 誰かに会える この道で
素敵な あなたに 声を かけて こんにちは僕と行きましょう
オー シャンゼリゼ オー シャンゼリゼ
いつも 何か 素敵な ことが あなたをまつよ シャンゼリゼ

あなたを 連れて 遊びに 行こう みんな集まるあのクラブ
ギターを 弾いて 朝まで 歌う 楽しく騒いで恋をする
オー シャンゼリゼ オー シャンゼリゼ
いつも 何か 素敵な ことが あなたをまつよ シャンゼリゼ

きのう までは 知らない どうし 今日から二人恋人さ
道を 行けば 世界は ゆれて 愛するあなたと私のため
オー シャンゼリゼ オー シャンゼリゼ
いつも 何か 素敵な ことが あなたをまつよ シャンゼリゼ

オー シャンゼリゼ オー シャンゼリゼ
いつも 何か 素敵な ことが あなたをまつよ シャンゼリゼ
オー シャンゼリゼ オー シャンゼリゼ
いつも 何か 素敵な ことが あなたをまつよ シャンゼリゼ


オーシャンゼリゼ


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2008年10月03日

蜃気楼

蜃気楼(クリスタルキング)






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蜃気楼




蜃気楼




1980年の歌ですが、




資生堂




のコマーシャルソング




としてもテレビで当時は




がんがん流れていたので、




とても印象に残っています。




なんといっても、




あふれだす情熱を
おまえだけに注ごう
輝く風の中で
笑顔が素敵な
真夏の女に変わるだろう





というフレーズが




約30年前の




肉まん父さんには




新鮮に聞こえた




思い出にのこる




名曲ですね。




もちろん、




この曲のレコードを




買って何回も聞いていましたよ(ニコッ)。




蜃気楼


真夏の海は Forever
おまえがそばにいて
突き刺す光の矢を
身体で受けとめる
命よりも未来よりも
可憐な唇が欲しいのさ
あふれだす情熱を
おまえだけに注ごう
輝く風の中で
笑顔が素敵な
真夏の女に変わるだろう

こぼれる砂は Every time
都会を忘れさせ
心の傷跡さえ
漂う陽炎に
爪を立てた愛の印
言葉も欲しくない熱い肌
はじけ合う情熱を
おまえだけに求めて
輝く風の中で
笑顔が素敵な
真夏の女に変わるだろう

あふれだす情熱を
おまえだけに注ごう
輝く風の中で
笑顔が素敵な
真夏の女に変わるだろう


蜃気楼(クリスタルキング)


タグ:蜃気楼
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2008年09月30日

大都会

大都会(クリスタルキング)






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大都会




大都会




1979年のヒット曲です。




ソプラノボーカルの声に




ひたすら驚いていた




思い出に残る名曲です。



大都会

ああ 果てしない 夢を追いつづけ
ああ いつの日か 大空かけめぐる

裏切りの言葉に 故郷を離れわずかな望みを
求めさすらう俺なのさ
見知らぬ街では 期待と不安がひとつになって
過ぎゆく日々などわからない
交わす言葉も寒いこの都会
これも運命と生きていくのか
今日とちがうはずの明日へ
Run Away Run Away いまかけゆく

裏切りの街でも 俺の心に灯をともす
わずかな愛があればいい
こんな俺でもいつかは光をあびながら
きっと笑える日が来るさ
朝やけ静かに空を染めて
輝く陽をうけ生きていくのさ
あふれる熱い心とき放し
Run Away Run Away いまかけゆく

朝やけ静かに空を染めて
輝く陽をうけ生きていくのさ
あふれる熱い心とき放し
Run Away Run Away いまかけゆく

ああ 果てしない 夢を追いつづけ
ああ いつの日か 大空かけめぐる
ああ 果てしない 夢を追いつづけ
ああ いつの日か 大空かけめぐる


大都会(クリスタルキング)


タグ:大都会
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2008年09月26日

ロマンスの神様

ロマンスの神様(広瀬香美)






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ロマンスの神様




ロマンスの神様




1993年の歌です。




実は、この歌はスキー場に流れていることで知ったのです。




肉まん父さんは、うまくはないのですが、




毎年のようにスキー場に行っていた




時期もありました。




そして1990年代のスキー場は




この



ロマンスの神様




という曲が




これでもか




これでもか




というくらいに




エンドレスで一日中




流れていたスキー場もありましたね(ニコッ)。




歌詞などをみても、スキーには関係のないように




思うのですが、




肉まん父さんにとっては




スキー場の歌




という記憶に残る




思い出深い曲でもあります。




ロマンスの神様


勇気と愛が世界を救う
絶対いつか 出会えるはずなの
沈む夕日に淋しく一人 こぶし握りしめる私
週休二日 しかもフレックス
相手はどこにでも いるんだから
今夜 飲み会 期待している
友達の友達に

目立つには どうしたらいいの
一番の悩み 性格良ければいい
そんなの嘘だと 思いませんか?

Boy Meets Girl 幸せの予感 きっと誰かを 感じてる
Fall In Love ロマンスの神様 この人でしょうか

ノリと恥じらい 必要なのよ
初対面の男の人って 年齢 住所 趣味に職業
さりげなく チェックしなくちゃ
待っていました 合格ライン
早くサングラス取って見せてよ
笑顔が素敵 真顔も素敵
思わず見とれてしまうの

幸せになれるものならば
友情より愛情 「帰りは送らせて」と
さっそくOK ちょっと信じられない

Boy Meets Girl 恋してる瞬間 きっとあなたを 感じてる
Fall In Love ロマンスの神様 願いをかなえて
Boy Meets Girl 恋する気持ち 何より素敵な宝物
Fall In Love ロマンスの神様 どうもありがとう

よくあたる星占いに そう言えば 書いてあった
今日 会う人と結ばれる
今週も 来週も さ来週もずっと oh yeah!


Boy Meets Girl 土曜日 遊園地 一年たったらハネムーン
Fall In Love ロマンスの神様 感謝しています
Boy Meets Girl いつまでも ずっとこの気持ちを忘れたくない
Fall In Love ロマンスの神様 どうもありがとう


ロマンスの神様(広瀬香美)


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2008年09月23日

セーラー服と機関銃

セーラー服と機関銃(薬師丸ひろ子)






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セーラー服と機関銃




セーラー服と機関銃




同じ歌でも歌手が




かわると




ここまで違うのかと




感心している曲が




セーラー服と機関銃




です。




歌っている




薬師丸ひろ子氏は




角川映画の看板娘として




数多くの映画に子役の時代から




出演していた名女優です。




セーラー服と機関銃は




過去にもご紹介した





「夢の途中」





という曲のリメイク版だと聞いたことがあります。




1981年に発表された




記憶に残る曲です。



セーラー服と機関銃


さよならは別れの言葉じゃなくて
再び逢うまでの遠い約束
夢のいた場所に未練残しても
心寒いだけさ
このまま何時間でも抱いていたいけど
ただこのまま冷たい頬をあたためたいけど

都会は秒刻みのあわただしさ
恋もコンクリートの篭の中
君がめぐり逢う愛に疲れたら
きっともどっておいで
愛した男たちを想い出にかえて
いつの日にか僕のことを想い出すがいい
ただ心の片隅にでも小さくメモして

スーツケースいっぱいにつめこんだ
希望という名の重い荷物を
君は軽々ときっと持ち上げて
笑顔見せるだろう
愛した男たちをかがやきにかえて
いつの日にか僕のことを想い出すがいい
ただ心の片隅にでも小さくメモして



セーラー服と機関銃(薬師丸ひろ子)


posted by 肉まん父さん at 08:17 | Comment(0) | TrackBack(0) | 思い出の名曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月19日

Innocent World

Innocent World(Mr. Children)






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Innocent World




Innocent World




1994年の歌です。




たかだか10年少し前の




曲ですので、覚えている人も




多いかも知れません。




肉まん父さんもその当時初めて聞いたときには




「うん」




とうなずいた曲です。




肉まん父さんも




十代や20代の頃には



この歌の内容にあるような




ことを考えながら




暮らした日々もあったのでしょうか(ニコッ)。




素晴らしい名曲であり、大ヒット曲でもあります。



 
Innocent World


黄昏の街を背に
抱き合えたあの頃が 胸をかすめる
軽はずみな言葉が 時に人を傷つけた
そして君は居ないよ

窓に反射する 哀れな自分が
愛しくもある この頃では
Ah 僕は僕のままで ゆずれぬ夢を抱えて
どこまでも歩き続けて行くよ
いいだろう? mr.myself

いつの日も この胸に流れてる メロディー
軽やかに 緩やかに 心を伝うよ
陽のあたる坂道を昇る その前に
また何処かで 会えるといいな
イノセントワールド

近頃じゃ夕食の 話題でさえ仕事に
汚染されていて
様々な角度から 物事を見ていたら
自分を見失ってた

入り組んでる 関係の中で
いつも帳尻 合わせるけど
Ah 君は君のままに 静かな暮らしの中で
時には風に身を任せるのも
いいじゃない oh miss yourself

物憂げな 6月の雨に 打たれて
愛に満ちた 季節を想って 歌うよ
知らぬ間に忘れてた 笑顔など見せて
虹の彼方へ放つのさ 揺れる想いを

変わり続ける 街の片隅で
夢の破片が 生まれてくる
Oh 今にも そして僕はこのままで
微かな光を胸に
明日も進んで行くつもりだよ
いいだろう? mr.myself

いつの日も この胸に流れてる メロディー
切なくて 優しくて 心が痛いよ
陽のあたる坂道を昇る その前に
また何処かで 会えるといいな
その時は笑って 虹の彼方へ放つのさ
イノセントワールド 果てしなく続く
イノセントワールド

Innocent World(Mr. Children)



タグ:innocent world
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2008年09月16日

アルプスの少女ハイジ

アルプスの少女ハイジ(主題歌)






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アルプスの少女ハイジ




アルプスの少女ハイジ




漫画でもアニメでも小説でも




すべて肉まん父さんの娘達が




大好きな




お話です。




いまでも、テレビやその他で




この歌が流れると



釘付けですね(ニコッ)。



アルプスの少女ハイジ(主題歌)

くちぶえはなぜ
とおくまできこえるの
あのくもはなぜ
わたしをまってるの
おしえておじいさん
おしえておじいさん
おしえてアルムのもみの木よ

ゆきのやま なぜ
ばらいろにそまるの
あのかぜは どこに
かくれているの
おしえておじいさん
おしえておじいさん
おしえてアルムのもみの木よ

ねむるときなぜ
ほしは そっとみているの
わらのなか なぜ
いつも あったかいの
おしえておじいさん
おしえておじいさん
おしえてアルムのもみの木よ


アルプスの少女ハイジ(主題歌)


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2008年09月12日

サザエさん

サザエさん(主題歌)






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サザエさん




サザエさん




肉まん父さんの親戚一同が必ず観るテレビ番組があります。




それは「サザエさん」という番組です。




理由は簡単です。




肉まん父さんの親戚のどの家も、未成年の子供がいます。




ですから、子供向けのテレビ番組を観ることも多いです。




しかし、「大人」は興味がなければ、こども向けのテレビ番組はみないでしょう。




ただ、その中で、昭和21年からはじまった「サザエさん」は大人も昔、若い頃や子供時代に新聞の連載や単行本などで観た記憶があるので、なつかしく子供や孫、曾孫と一緒にみるのです。




肉まん父さん自身、子供の頃は「のらくろ」「サザエさん」という漫画を楽しんでいました。




肉まん父さんの親戚関係で、4世代が共通して観るテレビ番組は「サザエさん」くらいではないでしょうか。




ちなみに「サザエさん」というのは、




ここから引用です。→


サザエさん
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: ナビゲーション, 検索

この項目では漫画の『サザエさん』について記述しています。テレビアニメの『サザエさん』についてはサザエさん (テレビアニメ)をご覧ください。

『サザエさん』は、長谷川町子の漫画、およびそれを原作とするテレビアニメの題名であり、その主人公である「フグ田サザエ」の呼び名である。


[編集] 原作
原作漫画は新聞連載の4コマ漫画である。1946年(昭和21年)4月22日、福岡の地方新聞『夕刊フクニチ』で連載を始めたが、長谷川が東京へ引越しするために連載を打ち切った。漫画の舞台は博多でサザエは独身だったが連載を打ち切るときにサザエがマスオと結婚している。長谷川の家族が東京の桜新町へ引っ越した後は、『夕刊フクニチ』で連載を再開。舞台も東京へ移り、マスオが磯野家に同居する。

掲載紙は間もなく『新夕刊』に移り、『夕刊朝日新聞』(朝日本紙とは別扱の新興紙)・『朝日新聞』の夕刊を経て、1951年(昭和26年)4月16日からは『朝日新聞』の朝刊に移る。1974年(昭和49年)2月21日の連載をもって3年間の休載に入るが、そのまま打ち切られた。本作は連載が6477回に及んだ。

長谷川の作品の出版は、姉妹社が行ってきたが、長谷川の死後の1993年4月に廃業し絶版となり、版権は長谷川町子美術館が継承している。後に朝日新聞社から文庫本(全45巻)と「長谷川町子全集」が出版されている。なお、本作の単行本の出版に際しては、新聞掲載前日に起こった出来事の理解が必要な回、初期連載作品で現在とは登場人物の設定が異なる回、やむをえない理由で不適と判断された回などは省かれている場合がある。なお、朝日新聞社版でも姉妹社版から若干の作品が省かれている。清水勲の著書『サザエさんの正体』によると、姉妹社版で連載から省かれた作品数は700点余り、朝日新聞社版で姉妹社版から省かれた作品数は15点である。

ストーリー漫画ではなく、一貫した舞台、人物が登場する比較的独立したエピソードからなる。時代背景を象徴する内容が多いのもひとつの大きな特徴となっている。

単行本の発行部数は姉妹社版が7000万部以上、朝日新聞社版が1600万部以上に達する。日本の新聞連載漫画としては最大のベストセラーである。

アメリカでも、『The wonderful world of sazae-san』というタイトルで翻訳出版され、人気を博した。その際一部のコマが反転されている。


[編集] 派生作品
1972年に寺山修司が本作をテキストにした「サザエさんの性生活」を発表。
1992年に東京サザエさん学会が『磯野家の謎 サザエさんに隠された69の驚き』(飛鳥新社)という本を出して、200万部を超える大ヒット。続編の『磯野家の謎おかわり』も発売。本作に新たなスポットを当てて、人気復活に大いに貢献し、その後数年続く「謎本ブーム」の火付け役になった。ただ原作と食い違う記述が多々見られ、批判も多かった。ビデオ版も発売されたが、著作権者の許可を得なかったため訴えられている。
朝日新聞の土曜版beでは、毎週1本の作品から当時と現代との違いを比較する「サザエさんをさがして」と言う記事が連載されており、単行本も3冊出版されている。基本的に朝日新聞社刊の単行本の収録作をそのまま掲載しているが、夕刊フクニチでの最終回など単行本未収録の回が掲載された事もある。

[編集] 著作権問題
他の長谷川作品以上に、版権管理は厳しく、資料集などでの画像使用の際、申請しても許可が下りず、アニメ主題歌がシングルCDとして再発された時も、ジャケットにキャラクターの画像が使用されることはない。ハウス食品から発売されていた「サザエさんちのふりかけ」で、「サザエさんちの」と銘打っているにもかかわらず、パッケージにもテレビCMにもサザエさんの姿だけが無い。
長谷川の死後、マイラインやJA、コカコーラなどのCMで、アニメのものを中心とした本作のキャラクター画を使用されることが多くなってきている。
インターネットに関しては、現在でもフジテレビ内アニメ版の公式ページや、キャラクターをCM起用しているJAバンクのページに、CM映像などキャラクターが掲載されたことが無い(フジテレビも放送内で、JAバンクも宣伝広告にURLを表記したことがない)。




[編集] その他
近隣に長谷川が長年居住し本作の舞台となった事、長谷川町子美術館が1985年に開館した事にちなみ、桜新町商店街振興組合が音頭をとって東急田園都市線の桜新町駅前から国道246号へとつながる「中通り」が1987年に「サザエさん通り」と改称された。歩道にはサザエさんが描かれた看板もある。ほとんどが原作の時の絵になっている。
舞台の沿線となる東京急行電鉄の広告キャラクターに採用されたこともある。
京都大学の日本史の問題に出題された。他にも慶應義塾志木高等学校、芝浦工業大学柏中学高等学校(高校)の入試問題にも出題されたことがあり、家庭科をはじめとする教科書でも本作が題材となる事が多い。
朝日新聞のビルの地下には「磯野家」という名の寿司屋がある。
1998年に発行されたお年玉つき年賀はがきの東京地方版にサザエさんが描かれた。漫画・アニメキャラクターがお年玉つき年賀はがきに描かれるのはこれが最初。
2007年4月26日、長谷川が住んでいた福岡市百道浜1丁目(住所上は西新6丁目)に『磯野広場』ができ、「サザエさん発案の地」の記念碑が建てられた。記念碑には『サザエさんうちあけ話』からの引用が記載されている。

[編集] 連載の履歴
1946年4月22日に『夕刊フクニチ』紙上に連載開始、同年8月22日に連載終了
1947年1月3日に『夕刊フクニチ』紙上に連載再開、同年5月8日に連載終了
1947年10月25日に『夕刊フクニチ』紙上に連載再開、同年11月5日に連載終了
1948年2月6日に『夕刊フクニチ』紙上に連載再開、同年6月21日に連載終了
1948年3月に『漫画少年』誌上に連載開始
1948年11月17日に『夕刊フクニチ』紙上に連載再開、1949年4月4日に連載終了
1948年11月21日に『新夕刊』紙上に連載開始、1949年4月2日に連載終了
1949年12月1日に『夕刊朝日新聞』紙上に連載開始、1950年12月31日に連載終了
1951年4月16日に『朝日新聞』(朝刊)紙上に連載開始、1960年4月に連載休止
1957年1月に『若い女性』誌上にて連載開始、1959年1月に連載終了
1961年10月15日に『朝日新聞』(朝刊)紙上に連載再開、1974年2月21日に事実上連載終了

[編集] 登場人物
以下は、原作とテレビアニメ版で異なる設定があるので、原作の登場人物について記述する。また、出典は基本的に現行の朝日新聞社版を参考にする。

フグ田サザエ
福岡県生まれの磯野家の長女。この漫画の主人公。
結婚前は、白のブラウスに黒のスカート、黒のベストという服装が多かった。髪型も当時の流行にあわせている。九州時代はイカコという親友がいた。単行本1巻で東京に引っ越す。結婚前はハロー社という出版社に記者として勤務した経験も持ち[1]、結婚後も家政婦や探偵事務所の助手として働いていたことがある。また、女性解放を訴える講演の出席や選挙演説なども積極的におこない、政治への参加意識が強かった。単行本2巻でフグ田マスオと結婚しタラオをもうける。原作ではタラオ出産時のエピソードは出てこない。マスオとの結婚直後に連載は中断され、再開時はすでにタラオ出産後という事であった。
性格はアニメ版との相違が比較的少なく快活でそそっかしいが、アニメ版と異なり波平やフネに対しても冗談を言ったりすることがある。裁縫や料理を何でもこなす。よくカツオと取っ組み合いの喧嘩をしてカツオを泣かせたり、気性は激しいが、その一方でカツオをよくいじめる同級生を睨みつける優しさも見せる。また、教育熱心な母親に対して「学歴が全てじゃない」と説くなど理知的な一面もある。タラちゃんをおぶる「ネンネコ」を26枚も持っている(長谷川が柄について統一した設定をしなかったことが原因で、読者の指摘により明らかになった)。車に撥ねられても直後に飛び起き全力で走り回る程の強靭な体力を誇る。

マスオとの見合いは乗り気ではなかったが、場所がデパートの食堂であったために店中の注目を浴びたため、決まりが悪いとお互い即決した。
誕生年は1922年(大正11年)[2]。誕生日は11月22日[3]。

磯野カツオ 
磯野家の長男。連載開始当初は、ワカメの面倒をよく見ているちょっと抜けているお兄さん、といった雰囲気を持っていた。この時は非常に子供っぽいキャラクターであり、要領も決して良くはなかった。
連載後半になるにつれ、現在のアニメ版のようなズル賢く機転の利く腕白坊主となり、かなりおしゃべりになって、登場回数も格段に多くなる。この時は波平の老後の対処を冷静に計画するなど大人びた一面も持つようになる。
原作においては、学校での生活や友達関係が描かれる事はほとんどない。また、女装が伺えるほどに上手く、波平に「カツオはどうした?お友達が待っとられるのに」と言わせたり化粧品のセールスマンに化粧をされたことがある。成績はいつも悪いが、勉強を邪魔されて怒るなどまじめな一面もあり、努力の末にテストで良い点を取ることもある。原作では○出小学校・フジ小学校・○×小学校と学校名がいくつかあるが、アニメ版では一貫してかもめ第三小学校5年3組となっている(ワカメも同様)。
ちなみに髪型は基本的に丸刈りであるが、初期は短髪だが全体的に髪はあり、回によっては刈り上げ状態(後期のタラオに近い髪型)で描かれていたこともあった。
また、原作後期においては声が波平にそっくりになり、フネが波平の陰口をカツオと間違えて本人に言ってしまうというエピソードもあった。
誕生年は1938年(昭和13年)[2]。

磯野ワカメ 
磯野家の次女。原作とアニメ版において最も性格が異なる。アニメ版では「優等生」になっていて存在感も薄いが、原作では立場が逆であった。連載中盤まででは、サザエに次いで登場回数の最も多いキャラクターであり、話の「オチ」を担うこともかなり多い。
性格は天真爛漫で、非常に活溌である。一人称は主に「あたい」(初期)。ウソ泣きなども辞さないわがままな面も見せ、カツオと共に悪戯を働くことも多い。また、初期の頃は人見知りの激しい一面も見せていた。連載において幼稚園への入園[4]と小学校への入学[5]を経験した。将来の夢は「お嫁さん」[6]であったが、サザエに反対されている。
よく言う台詞は「あたいもついていくゥ」「アーン、ついてくんだーッ」。趣味は人形遊び。45巻では自作の童話を披露した。ちなみに、冬場はスカートの下に「ももひき」を穿いている。ただし、原作漫画では最終的に小学1年生で7歳の設定だがアニメでは小学3年生。
誕生年は1942年(昭和17年)[2]。

磯野波平 
磯野家の大黒柱で、3姉弟の父。初期の役職は「局長」であったがいつの間にか降格しており(転勤した際に変わったと思われる)後期には平社員となっていた。アニメでは家族の家長として威厳があるが、原作においては威厳がなく、家族を叱るシーンもあまり多くなく、登場回数も必ずしも多くない。しかし登場した時は、話の「オチ」を担当している。性格はかなり抜けていて、お茶目なところがある。そのため、どちらかと言えば子供に威厳を示そうとしてその情けないキャラゆえにカツオに逆に手玉にとられることも多い。表情が非常に豊かである。よく一緒に外出するなど、カツオ、ワカメ、タラオを大変かわいがっている。子供の頃から今に至るまで算数が苦手である。頑固な一面も多少はあり、ケンカした際に自分から謝ることはほとんどない。
初期は頭頂部の髪が書かれていない回もあった。また、一度だけ髭を剃り鬘を購入したが家族の猛反対にあっている。
「TTK(都下禿頭会=とかとくとうかい)」理事、「高血圧友の会」、「失われつつある礼儀を守る会」、「ノンビリいこう会」所属。嫌いなものは税務署。連載初期は名前がなくドラマ版制作の際に「波平」と名付けられた。育毛剤を愛用している。陸軍に入隊経験があり。原作の初期の頃はサザエに「パパ」とよばれることがあった。泳ぎが得意らしく、人命救助を何度もしている(1回は新聞にも載った)。正月に吉田茂から間違い電話が来たことがある。方向音痴で警官に道を聞いても元の場所に戻ってしまうほどだった。
誕生年は1895年(明治28年)[2]。誕生日は9月14日[7]、干支は未[8]、年齢は54歳[9]。職業はサラリーマン(事務職)で、会社は銀座の晴海通り沿いにある。

磯野フネ 
波平の妻。アニメではほとんど怒らないが、原作では性格は厳しく、激しい気性の持ち主である。家族を叱る回数も波平より多い。
また、波平の陰口を言ったり、喧嘩中は波平にちょっとした嫌がらせをするなどアニメではあまり見られない陰湿な一面もある。
旧姓は石田で、静岡に実家がある。波平に「失敬なばあさん」と呼ばれた事がある[10]。
目が悪く、宴会の余興で女装した波平の写真を見て愛人と勘違いし家出を申し出たことがある。
誕生年は1901年(明治34年)[2]。

フグ田マスオ
2巻でサザエと結婚したサラリーマン。最初に登場したときはステッキをついており、研究所勤めだった。これは、マスオは、生まれつきまたは、結婚する前後に腰を痛めた為で、アニメ版にも重い物を持った後にサザエに腰にシップを貼ってもらうというシーンがある。結婚当初はサザエとタラオとのフグ田家3人で磯野家の近所にある借家に住んでいたこともあり、2巻において大家と喧嘩し追い出されたため磯野家と同居。現在に至る。アニメではかなり気の弱い夫となっているが、原作では必ずしもそうではなく、磯野家に対して主張する時もある。

サザエやワカメに対し冗談を言っておどろかしほくそえむなど、アニメ版にはない人間臭い一面も描かれている。犬の散歩中にパチンコに行ったり[11]競馬新聞に夢中になってサザエを怒らせる[12]などギャンブル好きな一面も持っている。また、お中元の箱を振っただけで中身を見抜くという特技を持つ。体が普通でない程柔らかく、ホットケーキをひっくり返すと同時に「ヤーッ」っと叫んで宙返りするなど驚異的な運動神経を持つ。基本的にはいい兄貴分であるのでカツオとワカメに慕われている。大阪に実家があり、一度だけ帰省のエピソードがある[13]。
勤めている会社は当初は郊外だったが、後に有楽町に移る。当初は平社員だったが、後に係長に昇進。その時の年齢は32歳。二浪した後に大学を卒業。実家は大阪で、時々出てくる母親は大阪弁を話す。
連載初期のマスオはしばしば神経症を患っており、それを紛らわす為や、サザエの怒りを抑える為に精神安定剤を常用していた。
誕生年は1917年(大正6年)[2]。

フグ田タラオ
サザエとマスオの長男。2巻から登場。赤ん坊コンクールで2等賞を貰ったことがある[14]。アニメでは大人しく物分りの良い「いい子」だが、原作では若干乱暴者である。サザエさんに背負われるなどして登場回数こそ少なくないが、セリフがほとんど無い。カツオ、ワカメはごく初期[15]において、タラちゃんの前では自分たちのことをそれぞれ「おじちゃん」、「おばちゃん」と称していた。
誕生年は1946年(昭和21年)[2]。

波野ノリスケ
波平の妹の三男(波平の甥、サザエの従兄弟)。新聞社に勤務し、8巻から12巻の間押しかけ同然に磯野家に居候する。性格は温和で、カツオとワカメに慕われているが、ケチ臭いところもありカツオからは「一緒に外出するのが嫌」と言われている。同様の理由でしばしばカツオを筆頭とする磯野家の子供たちと駆け引きを演ずることもある。12巻で入江(旧姓)タイ子とお見合い結婚。結婚後は「東アパート」という所に住む。恐妻家である。14巻で子供をもうける。この子はアニメではイクラとなっているが、原作においては特に名前は付けられていない。また、一時「ナミエ」という名前を考えていた[16]。アニメでは伊佐坂先生の担当記者でもあるため、平日の昼間でもよく隣の磯野家に現れる。ちゃっかり屋である。

波野タイ子
ノリスケの妻。旧姓は入江。結婚当初は身のこなしが上品であった。しかし登場回数が少ないからか、結婚後は時に太っていたりと、容姿に変遷が見られる。アニメ版のような家族ぐるみの付き合いは描かれていない。
動物たち
当時は飼育している家庭も多く、本作にもニワトリや牛、ヤギなどが多く登場する。特にニワトリは非常に多く登場し、波平が飼っていたニワトリを絞めてご馳走の鳥鍋にするシーンや、イタズラをしたカツオやワカメがお仕置きとしてニワトリ小屋に閉じ込められるシーンもある。ネコやイヌも多く登場し、磯野家は「ミー公」という名のネコを一時期飼っている。犬の名前は「ジョン」が多い(他、「エルザ」「太郎」という名前の犬も登場)。カツオがカナリヤ・伝書鳩・亀・ハムスターを、ワカメが金魚を、サザエが「マイク」というリスを飼っていたこともあった。なお、カツオは飼っているペットを挙げて「扶養家族手当」として小遣い値上げを訴えた事がある。
その他

波平の兄、海平(波平と違い頭の毛が二本ある)
『似たもの一家』の主人公の一家。伊佐坂家はアニメでは磯野家の隣家だが、原作では10巻にわずかに登場するに過ぎない。
湯水金造とその一家。サザエが一時期家政婦のパートタイムとして勤めていた頃があり、その後もしばしば登場している。
本作には、キャラクターとして特定の名前が与えられていないが、非常に多く登場する人々がいる。たとえば相撲が好きだった作者は、相撲をネタにした話をしばしば用いてる。
また、「俺ぁ、刑務所から出てきたばっかりなんだ」という決まり文句で磯野家の門を叩く押し売りや、穴のあいた服にヒゲ面の泥棒や強盗など、どこか憎めない犯罪者も非常に多く登場する。なお、泥棒が多く登場するのは、作者の自宅に何度も泥棒(主に空き巣)が押し入ったためであると言われている。
いわゆる浮浪者や今で言うホームレスのように、社会的に恵まれない人も多く登場する。

磯野藻屑源素多皆(いそのもくずみなもとのすたみな)
磯野家の先祖に当たる人物で、幕末の時代の武士。容姿は波平に酷似しており、おはぎを38個食べて主君から褒美を貰ったという逸話がある。
時折、透明な姿で子孫である、波平や家族を見守っている。

実在の有名人
実在の人物が登場することもしばしばあった。例えば、その当時の総理大臣はほとんど登場している。作者自身も度々登場している。

[編集] 執筆時のエピソード
長谷川は、西日本新聞社の絵画部に所属していた。その後1946年、同社から新しく発行された『夕刊フクニチ』で彼女は連載漫画を頼まれた。自宅の近所である百道海岸付近を妹と散歩しているときに、本作の家族構成や名前を思いついた。当初は作者自身は、アルバイトのつもりでやっていた、と語っている。

その後、作者の引越しと合わせ磯野家も東京に引越した。1951年に「ブロンディ」の後を承けて朝日新聞の朝刊を飾る事になる。

連載末期には月曜日が休みとなった。


←ここまで





「サザエさん」




からの引用です。




というくらい歴史がある漫画です。




もちろん今でも毎週一度




放映される




サザエさん




というテレビ番組は




肉まん父さん家では




必ず誰かがみています。




素晴らしい長寿番組だと




思っています。




サザエさん主題歌

お魚くわえたどら猫 追っかけて
はだしでかけてく 陽気なサザエさん
みんなが笑ってる お日さまも笑ってる
ルルルルルル 今日もいい天気

子供を集めて広場で 草野球
打っても投げても 元気なサザエさん
みんなが笑ってる 青空も笑ってる
ルルルルルル 今日もいい天気

買物しようと町まで 出かけたが
財布を忘れて 愉快なサザエさん
みんなが笑ってる 子犬も笑ってる
ルルルルルル 今日もいい天気

明るい笑顔に幸せが ついてくる
楽しい仲間と 陽気なサザエさん
みんなが笑ってる 夕焼けも笑ってる
ルルルルルル あしたもいい天気



サザエさん(主題歌)


タグ:サザエさん
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2008年09月09日

水戸黄門

水戸黄門(主題歌)





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水戸黄門




水戸黄門




水戸黄門という




テレビドラマは



かって肉まん父さんも



よくみていました。




そしてこの主題歌も




耳にたこができるほど、




聴きましたね(ニコッ)。



「ああ人生に涙あり」
山上路夫作詞・木下忠司作曲

人生楽ありゃ苦もあるさ
涙の後には虹も出る
歩いてゆくんだ
しっかりと
自分の道をふみしめて

人生勇気が必要だ
くじけりゃ誰かが先に行く
あとから来たのに
追い越され
泣くのがいやならさあ歩け

人生涙と笑顔あり
そんなに悪くはないもんだ
なんにもしないで生きるより
何かを求めて生きようよ


水戸黄門(主題歌)



タグ:水戸黄門
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2008年09月05日

守ってあげたい

守ってあげたい(松任谷由実)






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守ってあげたい




守ってあげたい




昭和56年の歌です。




何回聞いても




ホッ




とする名曲です。




守ってあげたい

You don't have to worry, worry,
守ってあげたい
あなたを苦しめる全てのことから

初めて言葉を 交わした日の
その瞳を 忘れないで
いいかげんだった 私のこと
包むように 輝いてた

遠い夏 息をころし トンボを捕った
もう一度 あんな気持ちで
夢をつかまえてね
 
So, you don't have to worry, worry.
守ってあげたい
あなたを苦しめる全てのことから
'Cause I love you, 'Cause I love you.

このごろ沈んで 見えるけれど
こっちまで ブルーになる
会えないときにも あなたのこと
胸に抱いて 歩いている

日暮れまで 土手に座り レンゲを編んだ
もう一度 あんな気持ちで
夢を形にして
 
So, you don't have to worry, worry.
守ってあげたい
他(ホカ)には何一つ できなくてもいい
'Cause I love you, 'Cause I love you. 

So, you don't have to worry, worry.
守ってあげたい
あなたを苦しめる全てのことから
'Cause I love you, 守ってあげたい hum--



守ってあげたい(松任谷由実)


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2008年09月02日

さよなら

さよなら(オフコース)





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さよなら




さよなら




昭和55年の歌ですが、




今でも




その当時のことが




いきいきと思い出せるくらいに




新鮮な思いのする




名曲です。




昭和の40年代や




昭和の50年代は




日本は経済が発展していき




努力すればなんでもできる




という思いが今以上に




強かった時代だと思っています。




そういう生き生きとした時代だからこそ




人と人との愛情やつながりを歌った歌も




はやったのだと思っています。




今回ご紹介した




さよなら




という歌も何回も聴いている




名曲です。




特に


「僕らは自由だね」 いつかそう話したね
まるで今日のことなんて 思いもしないで


というフレーズを何回もくり返し口ずさんでいたことを思い出します。




さよなら

もう終わりだね 君が小さく見える
僕は思わず君を 抱きしめたくなる

「私は泣かないから このままひとりにして」
君の頬を涙が 流れては落ちる

「僕らは自由だね」 いつかそう話したね
まるで今日のことなんて 思いもしないで

さよなら さよなら さよなら もうすぐ外は白い冬
愛したのは 確かに 君だけ そのままの君だけ

愛は哀しいね 僕のかわりに君が
今日は誰かの胸に 眠るかもしれない   
僕がてれるから 誰も見ていない道を
寄りそい歩ける寒い日が 君は好きだった

さよなら さよなら さよなら もうすぐ外は白い冬
愛したのは 確かに 君だけ そのままの君だけ


さよなら さよなら さよなら もうすぐ外は白い冬
愛したのは 確かに 君だけ そのままの君だけ

さよなら さよなら さよなら もうすぐ外は白い冬
愛したのは 確かに 君だけ そのままの君だけ

外は今日も雨 やがて雪になって
僕らの心の中に 降り積るだろう 降り積るだろう


さよなら(オフコース)


タグ:さよなら
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2008年08月29日

涙そうそう

涙そうそう(森山良子)






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涙そうそう




涙そうそう




過去の記事でも




ふれたことがありますが、




一時(いっとき)は




朝から晩まで




この歌ばかり




聴いていた日も




ありました。




心に残る名曲だと思っています。


涙そうそう

古いアルバムめくり ありがとうってつぶやいた
いつもいつも胸の中 励ましてくれる人よ
晴れ渡る日も 雨の日も 浮かぶあの笑顔
想い出遠くあせても
おもかげ探して よみがえる日は 涙(ナダ)そうそう

一番星に祈る それが私のくせになり
夕暮れに見上げる空 心いっぱいあなた探す
悲しみにも 喜びにも 想うあの笑顔
あなたの場所から私が
見えたら きっといつか 会えると信じ 生きてゆく
晴れ渡る日も 雨の日も 浮かぶあの笑顔
想い出遠くあせても
さみしくて 恋しくて 君への想い 涙そうそう
会いたくて 会いたくて 君への想い 涙そうそう


涙そうそう(森山良子)


タグ:涙そうそう
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2008年08月26日

人生の扉

人生の扉(竹内まりや)






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人生の扉




人生の扉




これは去年の歌ですから




とても新しい歌なのですが、




今現在




介護の現実




に取り組んでいる




肉まん父さんにとっては




何年も前からあるような




なつかしい感じのする




名曲だと思います。




昨日も日常的な




あるシーン(できごと)に




ハンカチで目頭(めがしら)を




おさえた




肉まん父さんにとっては




とてもなつかしい




感じのする名曲です。




人生の扉


春がまた来るたび
ひとつ年を重ね
目に映る景色も
少しずつ変わるよ
陽気にはしゃいでた
幼い日は遠く
気がつけば五十路を
超えた私がいる
信じられない速さで
時は過ぎ去ると
知ってしまったら
どんな小さなことも
覚えていたいと
心が言ったよ

I say it's fun to be 20
You say it's great to be 30
And they say it's lovely to be 40
But I feel tt's nice to be 50

満開の桜や
色づく山の紅葉を
この先いったい何度
見ることになるだろう
ひとつひとつ
人生の扉を開けては
感じるその重さ
ひとりひとり
愛する人たちのために
生きてゆきたいよ

I say it's fine to be 60
You say it's alright to be 70
And they say still good to be 80
But I'll maybe live over 90

君のデニムの青が
褪せていくほど
味わい増すように
長い旅路の果てに
輝く何かが
誰にでもあるさ

I say it's sad to get weak
You say it's hars to get older
And thwy say that life has no meaning
But I still believe it's worth living
But I still believe it's worth living


人生の扉(竹内まりや)


タグ:人生の扉
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2008年08月22日

想い出がいっぱい

想い出がいっぱい(みゆきED)






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想い出がいっぱい




想い出がいっぱい




昭和58年に出た




アニメのエンディングテーマですが、




肉まん父さん自身の




娘達も




大好きな




素晴らしい歌です。




そして、偶然ですが




昨夜も肉まん父さんの




末の娘が本棚から




「みゆき」の漫画を




取り出して読んでいましたね(ニコッ)。




想い出がいっぱい


古いアルバムの中に 隠れて
想い出が いっぱい
無邪気な笑顔の 下の
日付は 遥かなメモリー

時は無限のつながりで
終わりを 思いもしないね
手に届く宇宙は 限りなく澄んで
君を包んでいた

おとなの階段上る 君はまだシンデレラさ
幸せは誰かがきっと 運んでくれると信じてるね
少女だったと いつの日か 思う時がくるのさ   キラリ木漏れ日のような
まぶしい 想い出がいっぱい
一人だけ横向く 記念写真だね
恋を夢見るころ

ガラスの階段下りる ガラスの靴シンデレラさ
踊り場で足を止めて 時計の音 気にしている
少女だったと 懐かしく 振り向く日があるのさ

おとなの階段上る 君はまだシンデレラさ
幸せは誰かがきっと 運んでくれると信じてるね
少女だったと いつの日か 思う時がくるのさ
少女だったと 懐かしく 振り向く日があるのさ



想い出がいっぱい(みゆきED)



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2008年08月19日

ダンデライオン

ダンデライオン(松任谷由実)






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ダンデライオン




ダンデライオン




1983年の歌ですが




肉まん父さんは




特に




ふるさとの両親がよこす手紙のような


ぎこちないぬくもりほど泣きたくなる





というフレーズが大好きな




一人でいるときに




よく口ずさむ




温かい感じのする




歌でもあります。




ダンデライオン

夕焼けに小さくなる
くせのある歩き方
ずっと手を
振り続けていたいひと
風にのり飛んできた
はかない種のような
愛はやがてくる
冬を越えていく
きみはダンデライオン
傷ついた日々は
彼に出逢うための
そうよ運命が
用意してくれた
大切なレッスン
今すてきなレディーになる

つみとってささげたら
ひとに笑われそうな
私にできる
全てをうけとって
ふるさとの両親が
よこす手紙のような
ぎこちないぬくもり
ほど泣きたくなる
きみはダンデライオン
本当の孤独を
今まで知らないの

とても幸せな
淋しさを抱いて
これから歩けない
私はもうあなたなしで

とても幸せな
淋しさを抱いて
これから歩けない
私はもうあなたなしで



ダンデライオン(松任谷由実)



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2008年08月15日

長崎の鐘

長崎の鐘(藤山一郎)






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長崎の鐘




長崎の鐘




本日は8月15日です。




終戦の日




と言っても




「なに、それ?」




という人も多くなってくると思います。




戦争にちなんだ歌はいくつかあると思うのですが、




本日は




肉まん父さん自身が




今までに




何回か訪れた長崎に




ちなんだ歌をご紹介します。




この歌を歌っている




藤山一郎氏




は何年か前に




天国に召されたのですが、




肉まん父さんが




大好きな




昭和を代表する




偉大な歌手の一人でもあります。




長崎の鐘


こよなく晴れた 青空を
悲しと思う せつなさよ
うねりの波の 人の世に
はかなく生きる 野の花よ
なぐさめ はげまし 長崎の
あゝ 長崎の鐘が鳴る

召されて妻は 天国へ
別れて一人 旅立ちぬ
かたみに残る ロザリオの
鎖に白き 我が涙
なぐさめ はげまし 長崎の
あゝ 長崎の鐘が鳴る

つぶやく雨の ミサの音
たたえる風の 神の歌
耀く胸の 十字架に
ほゝえむ海の 雲の色
なぐさめ はげまし 長崎の
あゝ 長崎の鐘が鳴る

こころの罪を うちあけて
更け行く夜の 月すみぬ
貧しき家の 柱にも
気高く白き マリア様
なぐさめ はげまし 長崎の
あゝ 長崎の鐘が鳴る


長崎の鐘(藤山一郎)



タグ:長崎の鐘
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2008年08月12日

異邦人

異邦人(久保田早紀)






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異邦人




異邦人




昭和54年の歌ですが、




はじめて聴いたときには




何か不思議な印象のする




歌でしたね(ニコッ)。




でも、印象に残る




素晴らしい歌でした。




異邦人


子供たちが空に向かい
両手をひろげ
鳥や雲や夢までも
つかもうとしている
その姿は 昨日までの何も知らない私
あなたに この指が届くと 信じてた
空と大地が 触れ合う彼方
過去からの旅人を 呼んでいる道
あなたにとって私 ただの通りすがり
ちょっと振り向いてみただけの異邦人

市場へ行く人の波に
身体(カラダ)を預け
石畳の街角を
ゆらゆらとさまよう
祈りの声 ひずめの音 歌うようなざわめき
私を置き去りに 過ぎてゆく白い朝
時間旅行が 心の傷を
なぜかしら埋めてゆく 不思議な道
サヨナラだけの手紙 迷い続けて書き
あとは哀しみをもてあます 異邦人
あとは哀しみをもてあます 異邦人


異邦人(久保田早紀)


タグ:異邦人
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2008年08月08日

パルナスの歌

パルナスの歌(テレビCM)





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パルナスの歌




パルナスの歌




肉まん父さんは




白黒テレビからはじまって




カラーテレビに移行する




時代にテレビ番組の




影響を多く受けた世代の




人間です。




そして、テレビ番組の




合間のコマーシャルにも




多くの影響を受けました。




記憶によく残っている




コマーシャルソングの一つが




パルナスの歌




です。




まあ、一度ご覧ください。




色々なことを感じることかと




思っております(ニコッ)。



「パルナスの歌」
作詞:津島秀雄
作曲:津島秀雄
歌: 中村メイコ、ボニージャックス


ぐっと かみしめてごらん
ママの 暖かい心が 
お口の中に しみとおるよ〜、
パルナス
甘いお菓子の お国のたより 
おとぎの国の ロシアの
夢のおソリが 運んでくれた
パルナス パルナス
モスクワの味 パルナス 
パルナス パルナス


そっと かみしめてごらん 
愛の うるわしい心が 
ふたりのほほに しみとおるよ〜、
パルナス 
甘いささやき めとめでかわす 
初恋のささげる パルナスが
二人を しあわせに 
むすんでくれた
パルナス パルナス
ゆめのケーキ パルナス 
パルナス パルナス


ぐっと かみしめてごらん
ママの 暖かい心が 
お口の中に しみとおるよ〜、
パルナス
ボリショイ スチャースチ 
ベチェネ ベリョーダ
大きな しあわせ パルナスが 
パパとママと 私たちに
パルナス パルナス
しあわせの味 パルナス 
パルナス パルナス


パルナスの歌(テレビCM)


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2008年08月05日

駅(竹内まりや)





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昭和62年の歌です。




何回聴いても肉まん父さんの




心に響いてくる




素晴らしい歌でもあります。






見覚えのあるレインコート
黄昏(タソガレ)の駅で胸が震えた
はやい足どり まぎれもなく
昔愛してた あの人なのね
懐かしさの一歩手前で
こみあげる 苦い思い出に
言葉がとても見つからないの
あなたがいなくても こうして
元気で暮らしていることを
さりげなく伝えたかったのに…

二年の時が 変えたものは
彼のまなざしと 私のこの髪
それぞれに待つ人のもとへ
戻ってゆくのね 気づきもせずに
ひとつ隣の車輌に乗り
うつむく横顔 見ていたら
思わず涙 あふれてきそう
今になって あなたの気持ち
初めてわかるの 痛いほど
私だけ 愛してたことも

ラッシュの人波にのまれて
消えてゆく 後ろ姿が
やけに哀しく 心に残る
改札口を出る頃には
雨もやみかけた この街に
ありふれた夜がやってくる

ラララララ ・・・・・・・



駅(竹内まりや)


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2008年08月01日

パープルタウン

パープルタウン(八神純子)






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パープルタウン




パープルタウン




この曲もはじめて聴いたときには




すごく新鮮な印象を感じた




歌でした。




あれから約30年間




たった今聴いても




何か新鮮なイメージのする




歌ですね(ニコッ)。




パープルタウン

哀しみのヴェールをはずす
気まぐれなこの都会だけど
まるで 今 あなたの
胸にいるよう

エアメール さりげない愛
届けるわ あなたのドアに
いつも想い出して
どこにいても

I love you more and more
Love you more and more

Purple town
Purple town
素晴らしい朝に hu hu hu
Purple town
Purple town
翼広げて hu hu hu
New York 愛する気持ちを呼びさます都会ね
New York 紫にけむる夜明け

傷ついた 心もいつか
癒えてゆく 新しい風
そうよ すぐ戻るわ
あなたのもとへ

I love you more and more
Love you more and more

Purple town
Purple town
素晴らしい朝に hu hu hu
Purple town
Purple town
翼広げて hu hu hu
New York 愛する気持ちを呼びさます都会ね
New York 紫にけむる夜明け


パープルタウン(八神純子)


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2008年07月29日

みずいろの雨

みずいろの雨(八神純子)






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みずいろの雨




みずいろの雨




昭和53年にはじめて聴いたときには、




きれいな歌声だなぁ







しみじみと思った歌です。



みずいろの雨


ああ みずいろの雨
私の肩を抱いて つつんで
降り続くの〜〜〜

ああ くずれてしまえ
あとかたもなく 流されてゆく
愛のかたち

やさしい人ね あなたって人は
見ないふりしていたの 私のあやまち
ひとときの気まぐれ 通りすぎるまで
忘れてよ 忘れてよ 愛したことなど

ああ みずいろの雨
私の肩を抱いて つつんで
降り続くの〜〜〜
ああ 忘れてしまえ
あとかたもなく 流されてゆく
愛のかたち

とがめる言葉なら 素直に聞けたわ
ほほえんでいただけの なつかしい日々
傷ついたその分 淋しい目をしてた
もどれない もどれない あの日の二人には

ああ みずいろの雨
私の肩を抱いて つつんで
降り続くの〜〜〜

ああ くずれてしまえ
あとかたもなく 流されてゆく
愛のかたち


みずいろの雨(八神純子)


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2008年07月25日

恋におちて

恋におちて(小林明子)






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恋におちて




恋におちて




1985年の歌ですが、




日本語で歌い出して




後半が英語ばかりになるという歌で




当時の




肉まん父さんにとっては、




とても




新鮮で




印象に残る歌でした。




恋におちて


もしも願いが叶うなら
吐息を白いバラに変えて
会えない日には部屋中に飾りましょう
あなたを想いながら
Darling. I want you 
逢いたくて
ときめく恋に駆け出しそうなの
迷子のように立ちすくむ
私をすぐに届けたくて
ダイヤル回して手を止めた
I’m just a woman
Fall in love

If my wishes can be true
Will you change my sighs
to roses. whiter roses
dekorate them for you
Thinkin’ ’bout you every night
and find out where I am
I am not livin’ in your heart

Darling.I need you 
どうしても
口に出せない願いがあるのよ
土曜の夜と日曜の
あなたがいつも欲しいから
ダイヤル回して手を止めた
I’m just a woman
Fall in love

Darling. You love me 
今すぐに
あなたの声が聞きたくなるのよ
両手で頬を押さえても
途方に暮れる夜が嫌い
ダイヤル回して手を止めた
I’m just a woman
Fall in love

Don’t you remember
when you were here
without a thinking
we were caught in fire
I’ve got a love song
but where it goes
three loving hearts are
pullin’ apart of one
Can’t stop you. 
Can’t hold you
Can’t wait no more
I’m just a woman
Fall in love

I’m just a woman
Fall in love



恋におちて(小林明子)



タグ:恋におちて
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2008年07月22日

しあわせについて

しあわせについて(さだまさし)






  本日も当「肉まん父さんのゼロからお金を貯めよう(FX日記)」にお越し頂きありがとうございます。本当に感謝しております。これからも応援よろしくお願い致します。




しあわせについて




しあわせについて




肉まん父さんが




歌を聴くときには、




歌詞をかみしめながら




じっくりと聴くことが多いのですが、




しあわせについて




という曲も




歌詞をじっくりと




噛みしめながら聴いている




歌の一つです。




特に



生きる喜び人を愛する喜び



というフレーズは




大好きな部分です。




しあわせについて


しあわせですかしあわせですかあなた今
何よりそれが何より一番気がかり
みんなみんなしあわせになれたらいいのに
悲しみなんてすべてなくなればいいのに

どうぞあやまちは
二度とくり返さずに
あなたは必ず しあわせになってください
愛する人と めぐりあえたら
抱きしめた腕を ゆるめてはいけない

風は移り気 身を任せてはいけないよ
時を越えて変わらないのが愛だよ
みんなみんなあなたが教えてくれた
生きる喜び人を愛する喜び

ありがとうさよなら
生まれ変われたならば
やっぱりあなたと 愛し合いたいと思う
ひたむきな人と 愛を信じて
生きがいを咲かせ しあわせになりたい

ひとりひとりは 皆とても優しいのに
何も傷つけ合う事などないのに
みんなみんないあわせになれたらいいのに
悲しみなんてすべてなくなればいいのに

しあわせですか しあわせですかあなた今
何よりそれが何より一番気がかり
しあわせですかしあわせですかあなた今
何よりそれが何より一番きがかり


しあわせについて(さだまさし)


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2008年07月18日

贈る言葉

贈る言葉(海援隊)






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贈る言葉




贈る言葉




昭和54年に発表された




この歌も、




肉まん父さんが




昭和




という時代の曲で




よく思い出す曲です。




そして、人との出会いや別れなどの




いろいろなシーンに対して




似合う曲でもあります。



贈る言葉


暮れなずむ町の 光と影の中
去りゆくあなたへ 贈る言葉
悲しみこらえて 微笑むよりも
涙かれるまで 泣くほうがいい
人は悲しみが 多いほど
人には優しく できるのだから
さよならだけでは さびしすぎるから
愛するあなたへ 贈る言葉

夕暮れの風に 途切れたけれど
終わりまで聞いて 贈る言葉
信じられぬと 嘆くよりも
人を信じて 傷つくほうがいい
求めないで 優しさなんか
臆病者の 言いわけだから
はじめて愛した あなたのために
飾りもつけずに 贈る言葉

これから始まる 暮らしの中で
誰かがあなたを 愛するでしょう
だけど私ほど あなたのことを
深く愛した ヤツはいない
遠ざかる影が 人混みに消えた
もう届かない 贈る言葉
もう届かない 贈る言葉




贈る言葉(海援隊)



タグ:贈る言葉
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2008年07月15日

亜麻色の長い髪の乙女

亜麻色の長い髪の乙女(ヴィレッジ・シンガーズ)







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亜麻色の長い髪の乙女




亜麻色の長い髪の乙女




この歌もカラオケなどで何回か歌ったことのある




大好きな歌の一つです。



この歌は昭和43年の歌です。



昭和43年という頃は、




肉まん父さんの家族でも




まわりの家族でも




裕福




という人は少なかったけれども、




何か生きていこう




頑張っていこう




未来は明るいよ




という雰囲気を




感じることが




できた




時代でもありましたね(ニコッ)。



なつかしいなあ。




亜麻色の長い髪の乙女


亜麻色の長い髪を
風がやさしくつつむ
乙女は胸に白い花束を
羽のように丘をくだり
やさしい彼のもとへ
明るい歌声は恋をしてるから

バラ色のほほえみ青い空
幸せな二人はよりそう
亜麻色の長い髪を
風がやさしくつつむ
乙女は羽のように
丘をくだる彼のもとへ

バラ色のほほえみ青い空
幸せな二人はよりそう
亜麻色の長い髪を
風がやさしくつつむ
乙女は羽のように
丘をくだる彼のもとへ
彼のもとへ


亜麻色の長い髪の乙女(ヴィレッジ・シンガーズ)



posted by 肉まん父さん at 07:33 | Comment(0) | TrackBack(0) | 思い出の名曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月11日

ワインレッドの心

ワインレッドの心(安全地帯)






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ワインレッドの心




ワインレッドの心




肉まん父さんがカラオケで




何回か歌ったことのある歌です。




この曲も、この間まで




大ヒットしていたと思ったら




それは1983年のようです。




今は2008年です。




あれから25年もたっているのですね(ニコッ)。




ワインレッドの心



もっと勝手に恋したり
もっとキッスを楽しんだり
忘れそうな想い出を そっと抱いているより
忘れてしまえば

今以上 それ以上 愛されるのに
あなたはその透き通った瞳のままで
あの消えそうに 燃えそうな ワインレッドの
心を持つ あなたの願いが 叶(カナ)うのに   もっと何度も抱き合ったり
ずっと今夜を揺れあったり
悲しそうな言葉に 酔って泣いているより
ワインを開けたら

今以上 それ以上 愛されるのに
あなたはただ恥らうより手立てが無くて
あの消えそうに 燃えそうな ワインレッドの
心をまだ持て余しているのさ この夜も

今以上 それ以上 愛されるまで
あなたはその透き通った瞳の中に
あの消えそうに 燃えそうな ワインレッドの
心を映(ウツ)し出して見せるよ 揺れながら



ワインレッドの心(安全地帯)


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2008年07月08日

サヨナラ模様

サヨナラ模様(伊藤敏博)






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サヨナラ模様




サヨナラ模様




今はJRという呼び方で




定着した感がありますが、




肉まん父さんなどは




いまだに




国鉄




という言い方の方がしっくりきます。




その国鉄の現役職員の方が




大ヒット曲を出したと言うことで




当時話題になっていた歌です。




サヨナラ模様

震えているのは 寒いからじゃないの解って
貴方から吹いて来る 冷たい風のせいなの
白い壁にはりついた 冬枯れ蔦のひび割れ模様
心の中にひろがって 言葉探せない

うつむく私に 時は待ってくれないけれど
このままじゃ帰れない 聞かせてほしいの 何故?
風に吹かれて、「サヨナラ」が 枯れ葉の道をころがり消えてゆく
涙に霞む私には 行方探せない

だから、ねぇねぇねぇねぇ 抱いてよ
いつものグッバイ言う時みたいに 抱き寄せて
たった一言で 別れ告げないで
だから ねぇねぇねぇねぇ 抱いてよ
せめて 温もりを

だから、ねぇねぇねぇねぇ 抱いてよ
いつものグッバイ言う時みたいに 抱き寄せて
たった一言で 別れ告げないで
だから ねぇねぇねぇねぇねぇねぇ 抱いてよ
背中向けないで

ねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇ 抱いてよ
せめて温もりを
ねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇ 抱いてよ
背中向けないで


サヨナラ模様(伊藤敏博)


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2008年07月04日

ルビーの指環

ルビーの指環(寺尾聰)


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ルビーの指環




ルビーの指環




「昭和」という時代にも、




数多くのヒット曲が出ましたが、




昭和50年代のヒット曲といえば、




ルビーの指環




という歌が思い出されます。




インターネット百科事典で調べると




次のように紹介されています。



出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: ナビゲーション, 検索
ルビーの指環
寺尾聰 の シングル
リリース 1981年2月5日
ジャンル 歌謡曲
レーベル 東芝EMI
チャート最高順位
1位:10週連続 (オリコン)
1位:12週連続 (ザ・ベストテン)

ゴールド等認定
第23回日本レコード大賞
大賞・金賞
1981年度オリコン
年間シングルセールスチャート第1位
1981年ザ・ベストテン
年間ベストテン第1位

寺尾聰 年表
出航 SASURAI
(1980年) ルビーの指環
(1981年) Long distance Call.
(1982年)
『ルビーの指環』(ルビーのゆびわ)は寺尾聰の5枚目のシングル。1981年2月5日発売。発売元は東芝EMI。


[編集] 解説
歌手・寺尾聰としては出世作であり、最大のヒット曲。

当時本人が所属していた石原プロの石原裕次郎社長が初めてこの曲を聴いた時、「まるでお経を唱えているようだ」と言って笑った、という逸話がある。発売当初は売り上げが乏しかったが、発売から約1ヶ月で急激に売上を上げていき、同年3月30日付のオリコンシングルチャートで自身初の1位を獲得。そして10週連続で1位の座を守った大ヒット曲となった。

同時期にTBS系『ザ・ベストテン』でも1位を記録し、12週連続1位という同番組の最長記録を樹立した。連続1位の最長記録が更新されるたびに番組より贈られたプレゼントは話題となり、現在でも同番組の総集編やスペシャル放送などで必ず触れられている。また、日本テレビ系『ザ・トップテン』と文化放送製作のラジオ番組『全国歌謡ベストテン』では10週連続1位を記録。同年のオリコン、ザ・ベストテン、ザ・トップテン、コーセー歌謡ベストテン(FM東京、現在のTOKYO FM)、全国歌謡ベストテンの年間ランキングでも1位を記録した。

本作のヒットにより、発売当初はヒットしなかった東芝EMI 3rd, 4thシングルの「SHADOW CITY」、「出航 SASURAI」も相乗効果でヒットし、記録上は本作以前に発売された寺尾聰のヒット曲となる。「SHADOW CITY」に至っては、発売から約9ヵ月後にオリコンシングルチャートで最高位となる3位を記録している(この時「ルビーの指環」が1位、「出航 SASURAI」が14位)。また、ザ・ベストテンでは本作と「SHADOW CITY」、「出航 SASURAI」の3曲が同時にベストテンにランクインした。

同年末には第23回日本レコード大賞を受賞。また、作詞者の松本隆は同賞の作詞賞、作曲者の寺尾は作曲賞、編曲者の井上鑑は編曲賞を受賞し、楽曲製作者に贈られる3タイトルを総なめにした。

ヨコハマタイヤ(横浜ゴム)『ASPEC』のCMソングとなり、音楽活動再開とも重なった2006年にはキリン『ラガー』のCMソングにも使われた。また翌1982年春開催の、第54回選抜高等学校野球大会の入場行進曲にも採用されている。

「ルビーの指環」がヒットした後に建てられた溜池山王の東芝EMIのビルは「寺尾ビル」と呼ばれ、1曲のヒットでビルが建つことを証明した。

オリコンでの最終的な累計売上は約134万枚を記録し、当時としては驚異的な売り上げであったことや、オリコンや特に『ザ・ベストテン』で長期間1位を記録していたことが人々の記憶に強く残り、現在しりとりで『ん』を除き一般用語が少ないといわれる『る』が周って来た際に、『ルビーの指環』が固有名詞として使用されることが少なくない。

なお、度々見られる『ルビーの指輪』は誤記である(同じような誤記がリヒャルト・ワーグナーの『ニーベルングの指環』にもみられる)。

高音域でシャウトするような歌い方が主流の昨今のJ-POPのヒット曲に比べると、無理をせず音程の上下が少ない中低音のメロディーラインをつぶやくように歌う楽曲は異色であると言える。他の楽曲でも同様にこの歌い方をしている。



とあります。




肉まん父さん自身、




すごく人気が長続きしていたなあ




という記憶がある歌ですね(ニコッ)。



ルビーの指輪


くもり硝子の向こうは風の街
問わず語りの心が切ないね
枯葉ひとつの重さもない命
貴女を失ってから
背中を丸めながら
指のリング抜き取ったね
俺に返すつもりならば
捨ててくれ


そうね誕生石ならルビーなの
そんな言葉が頭に渦巻くよ
あれは八月目映い陽の中で
誓った愛の幻
孤独が好きな俺さ
気にしないで行っていいよ
気が変わらぬうちに早く
消えてくれ


くもり硝子の向こうは風の街
さめた紅茶が残ったテーブルで
衿を合わせて日暮れの人波に
まぎれる貴女を見てた


そして二年の月日が流れ去り
街でベージュのコートを見かけると
指にルビーのリングを探すのさ
貴女を失ってから


ルルルトゥルトゥル・・・・・・



ルビーの指環(寺尾聰)



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2008年07月01日

夢の途中

夢の途中(来生たかお)






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夢の途中




夢の途中




この歌も肉まん父さんが




歌詞が大好きな歌です。




この歌の内容とは




少し違いますが、




肉まん父さん自身、




今の毎日の生活が




いろいろな意味で




夢の途中




であるような




気もしています。




夢の途中


さよならは別れの言葉じゃなくて
再び逢うまでの遠い約束
現在を嘆いても胸を痛めても
ほんの夢の途中
このまま何時間でも抱いていたいけど
ただこのまま冷たい頬をあたためたいけど

都会は秒刻みのあわただしさ
恋もコンクリートの篭の中
君がめぐり逢う愛に疲れたら
きっともどっておいで
愛した男たちを想い出にかえて
いつの日にか僕のことを想い出すがいい
ただ心の片隅にでも小さくメモして

スーツケースいっぱいにつめこんだ
希望という名の重い荷物を
君は軽々ときっと持ち上げて
笑顔見せるだろう
愛した男たちをかがやきにかえて
いつの日にか僕のことを想い出すがいい
ただ心の片隅にでも小さくメモして



夢の途中(来生たかお)


タグ:夢の途中
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2008年06月27日

酒と泪と男と女

酒と泪と男と女(河島英五)





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酒と泪と男と女




酒と泪と男と女




肉まん父さんが知る




個性的な歌手の中で




河島英五氏




も個性的な人でした。




肉まん父さん自身が




この方の存在を強く意識したのは




なんと言っても




阪神・淡路大震災の被災者を励ますために、友人の桂南光らと毎年神戸でチャリティコンサート「復興の詩」を開いていた。


という事実です。




インターネット百科事典によると




河島英五

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

移動: ナビゲーション, 検索

河島英五

基本情報

出生日 1952年4月23日

出身地 日本大阪府東大阪市

死没日・地 2001年4月16日(満48歳没)

ジャンル J-POP

職業 歌手、俳優

活動期間 1971年 - 2001年

レーベル 京都レコード → ガリーバーレコード

表・話・編・歴

河島 英五(かわしま えいご、1952年4月23日 - 2001年4月16日)は日本のシンガー
ソングライター、俳優。大阪府東大阪市出身。長女・河島あみるは歌手・タレント、次女・河島亜奈睦(アナム&マキ)、長男・翔馬も歌手。


[編集] 来歴
大阪府立花園高等学校卒。京都府京都市を拠点に活動。晩年は大阪府四條畷市に在住していた。長女・河島あみるの結婚式に参列後の2001年4月16日、肝臓疾患のため急逝した。

1970年代に河島英五とホモ・サピエンスを結成して、京都レコードからデビュー。グループ解散後ソロ活動開始

代表曲は「酒と泪と男と女」。この歌は萩原健一がカバーし、テレビの歌番組等で歌っていたが、同じ頃、河島の歌唱版が京都・伏見の清酒メーカー・黄桜酒造(現・黄桜)のCMソングとして使われるようになると全国的なヒットとなり、河島自身も全国的に名が知られるようになった。

その他の代表曲は「野風増」(橋幸夫らとの競作)、「時代おくれ」、「生きてりゃいいさ」(加藤登紀子に書き下ろした楽曲で、のちに河島もシングル発売)など。「時代おくれ」は、現在も多くのおやじ世代にカラオケで歌われており、松本人志、朝青龍や山本浩二、久保竜彦らも愛唱歌としている。また、“ランバダ”がダンスナンバーとして日本で流行する以前に『花の種』というアンデスを舞台にした哀調の日本語ナンバーに仕上げてレパートリーとしていた。

コンサート活動では、大都市だけでなく山間部や僻地でも行い、音楽を通じてファンと交流することに主眼を置いた。

1980年代、ケニヤの首都ナイロビにある「グリーンバー」という酒場のジュークボックスには「酒と泪と男と女」のレコードがあり、日本人客が来ると現地の娼婦などがよくかけてくれた。当時、旅行者の間では、河島がグリーンバーに立ち寄った際、「俺は日本の歌手だ」と言っても誰も信じてくれなかったために自分のレコードを置いていった、という逸話がある。

阪神・淡路大震災の被災者を励ますために、友人の桂南光らと毎年神戸でチャリティコンサート「復興の詩」を開いていた。死去した年のコンサートでは、河島の3人の子供たちと桂南光が、遺作『旧友再会』を観客と共に歌った。

告別式終了後の出棺の際、棺の上に遺影が置かれ、参列者から「英五」の連呼が起こった。自身のヒット曲「野風増」の歌詞には、息子が20歳になれば2人で酒を酌み交わしたいという内容があったが、皮肉にも河島本人は歌詞通りに息子・翔馬と杯を交わすことは叶わなかった。



という紹介がされています。



そして最後の



自身のヒット曲「野風増」の歌詞には、息子が20歳になれば2人で酒を酌み交わしたいという内容があったが、皮肉にも河島本人は歌詞通りに息子・翔馬と杯を交わすことは叶わなかった。

というくだりには



複雑な思いを感じています。




肉まん父さん自身



この歌の中にあるように




飲んで飲んで 飲まれて飲んで
飲んで飲みつぶれて 眠るまで飲んで
やがて男は 静かに眠るのでしょう




という経験をしたことが




何回もありますよ(ニコッ)。




あなたはどうですか?




酒と泪と男と女

忘れてしまいたいことや
どうしようもない寂しさに
包まれたときに男は
酒を飲むのでしょう
飲んで飲んで 飲まれて飲んで
飲んで飲みつぶれて 眠るまで飲んで
やがて男は 静かに眠るのでしょう

忘れてしまいたいことや
どうしようもない悲しさに
包まれたときに女は
泪(なみだ)みせるのでしょう
泣いて泣いて ひとり泣いて
泣いて泣きつかれて 眠るまで泣いて
やがて女は 静かに眠るのでしょう

またひとつ女の方が 偉(えら)く思えてきた
またひとつ男のずるさが 見えてきた
俺は男 泣きとおすなんて出来ないよ
今夜も酒をあおって 眠ってしまうのさ
俺は男 泪はみせられないもの
飲んで飲んで 飲まれて飲んで
飲んで飲みつぶれて 眠るまで飲んで
やがて男は 静かに眠るのでしょう



酒と泪と男と女(河島英五)



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2008年06月24日

万里の河

万里の河(チャゲ&飛鳥)






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万里の河



万里の河



今回ご紹介する



万里の河



という曲も名曲です。



そして



歌い手の



チャゲ&飛鳥



というグループは



歌の作風をうまく替え



ロングランで



今現在も



活躍している



人気グループです。



肉まん父さんとしては



チャゲ&飛鳥



というグループの歌は



数多くあり、



好きな歌が



多いのですが、



この



万里の河



が一番好きですね。



万里の河


遠く遠く何処までも遠く
流れる河で
暮れかかる空にあなた想い
今日も待っています
愛(いと)しい人よ 私は歌う
千もの言葉 願いをこめて
遠い昔のおとぎ話の
恋のように
どれだけ待てばいいのですか
ああ 届かぬ愛を
二人の運命(さだめ)知らぬ河は
淡い夢をのせて
流れて行(ゆ)くようで

会えぬつらさを語れぬ日々よ
私は想う
せめてこの髪があなたのもとへ
のびるぐらいになれと
愛しい人よ 帰らぬ人よ
私の愛を さえぎるものは
深く冷たいこの河の
流れだけなのでしょうか
どれだけ待てばいいのですか
ああ 届かぬ愛を
二人の運命知らぬ河は
淡い夢をのせて
流れて行くようで

どれだけ待てばいいのですか
ああ 届かぬ愛を
二人の運命知らぬ河は
淡い夢をのせて
流れて行くようで


万里の河(チャゲ&飛鳥)



タグ:万里の河
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2008年06月20日

愛はかげろう

愛はかげろう(雅夢)






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愛はかげろう




愛はかげろう




肉まん父さんは、きれいな歌詞や声の歌をいくつも見てきましたが、その中で「もう少し早く世に出ていれば・・・」という歌もいます。




今回ご紹介する




愛はかげろう




という歌がその一つです。




この歌は1980年に発表され大ヒットしたのですが、




もう10年早く発表されていれば、




もっともっと爆発的なヒットをしていたのではないかと思うのは肉まん父さんだけでしょうか。




そうすれば、この




雅夢




というグループも、すばらしい素質を発揮する年月が増えていたのではないかと、今でも思っています。




そして、この歌を聞く度に




約三十年前のことを思い出す肉まん父さんでした。




愛はかげろう


窓ガラス、流れ落ちてゆく雨を  
細い指先で、なぞってみる
くもりとかして、すべる指先に  
伝わる冷たさ、心にしみる
忘れ去られた、部屋の片隅  
貴方の影、今もゆれてる

愛はかげろう、つかの間の命  
激しいまでに、燃やし続けて
別れはいつも、背中あわせに  
人の心を、ゆらして


別れ言葉を、口にする貴方は  
いつもとちがって、やさしすぎた
はき出すタバコの、煙の影が  
教えてくれた、偽り言葉と
あつく、いだかれた日々を  
倖せと言えば、かなしい
愛はかげろう、さめきった愛の  
過ぎ去る後に、残るものは
いつも女の、乾いた涙  
さまよい歩く、迷い子

愛はかげろう、つかの間の命  
激しいまでに、燃やし続けて
別れはいつも、背中あわせに  
人の心を、ゆらして



愛はかげろう(雅夢)



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2008年06月17日

初恋

初恋(村下孝蔵)






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初恋




初恋




過去に何回かご紹介しているように




肉まん父さん自身は




ギターが大好きです。




あんまん母さん(妻)はピアノが好きで、




若い頃はよく弾いていました。




そして、今は娘たちが、そのピアノを




弾いています。




肉まん父さん自身は




兵庫県南部大震災でギターを




失って以来




手にしていません。




ギターが似合う歌手も




たくさんおられます。




村下孝蔵氏もその一人でした。




過去形のように述べるのは、




若くして1999年に生涯を終えられたからです。




村下孝蔵氏が1983年に発表した




初恋




という歌は、肉まん父さんの心に




深く残っている名曲です。




そういうわけで、




本日から約一ヶ月は




ギターを弾きながらの歌を




中心にご紹介していきたいと思っています。




その中には、楽譜を手に入れて




肉まん父さんも練習した歌も




何曲かはありますよ(ニコッ)。




初恋


五月雨は緑色
悲しくさせたよ 一人の午後は
恋をして淋しくて
届かぬ想いを暖めていた

好きだよと言えずに初恋は
ふりこ細工の心
放課後の校庭を走る君がいた
遠くで僕はいつでも君を探してた
浅い夢だから胸をはなれない


夕映えはあんず色
帰り道一人 口笛吹いて
名前さえ呼べなくて
とらわれた心 見つめていたよ

好きだよと言えずに初恋は
ふりこ細工の心
風に舞った花びらが
水面を乱すように
愛という字 書いてみては
ふるえてたあの頃
浅い夢だから胸をはなれない

放課後の校庭を走る君がいた
遠くで僕はいつでも君を探してた
浅い夢だから胸をはなれない

(胸をはなれない) 胸をはなれない
(今もはなれない) 今もはなれない
(胸をはなれない) 胸をはなれない



初恋(村下孝蔵)


タグ:初恋
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2008年06月13日

この木なんの木

この木なんの木(日立CMソング)






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この木なんの木




この木なんの木




昔、見たテレビのCMソングで




タイトル通り




気になった歌があります。




ずばり




この木なんの木




という日立のCMソングです。




初代は昭和48年スタートです。




フルバージョンで




ご覧になりたい方は






「日立CMソング」





の青い大文字から日立のホームページに行って、ご覧いただけたらと思っております。




また、画像は、「音」が出ますので、「職場」などから、ごらんになっている方は、「ご注意」くださいね(ニコッ)。




この木なんの木


この木なんの木 気になる木
名前も知らない 木ですから
名前も知らない木になるでしょう

この木なんの木 気になる木
見たこともない 木ですから
見たこともない花が咲くでしょう

いつか葉が繁って 幹が大きく育って
根を広げて 森になる日が未来
その日を その日を みんなで待ちましょう
夢見て 夢見て その日を待ちましょう

この木なんの木 気になる木
なんともふしぎな 木ですから
なんともふしぎな木になるでしょう

この木なんの木 気になる木
みんながあつまる 木ですから
みんながあつまる実がなるでしょう

人は来てたたずみ 鳥は翼を休めて
風はそよぎ 星が回れば宇宙
その日も その日も あなたに会いましょう
この木の この木の 下で会いましょう

この木なんの木 気になる木
名前も知らない 木ですから
名前も知らない木になるでしょう

この木なんの木 気になる木
見たこともない 木ですから
見たこともない花が咲くでしょう

花が咲くでしょう

ルールールールー


この木なんの木(日立CMソング)


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2008年06月10日

野に咲く花のように

野に咲く花のように(ダ・カーポ)






  本日も当「肉まん父さんのゼロからお金を貯めよう(FX日記)」にお越し頂きありがとうございます。本当に感謝しております。これからも応援よろしくお願い致します。




野に咲く花のように




野に咲く花のように




知っている方も多いとは思いますが、




テレビドラマの主題歌です。




『野に咲く花のように』(のにさくはなのように)は




1983年にフジテレビで放映された画家・山下清を




主人公にした『裸の大将放浪記』の主題歌として




作られた曲です。




肉まん父さん自身、




『裸の大将放浪記』




は、時間があえば




よく見ていたテレビ番組でした。




野に咲く花のように




は、いつ聴いても




「ほっ」




とする歌ですね。




また、画像は、「音」が出ますので、「職場」などから、ごらんになっている方は、「ご注意」くださいね(ニコッ)。



野に咲く花のように


野に咲く花のように 風に吹かれて
野に咲く花のように 人をさわやかにして
そんな風に僕たちも 生きてゆけたら素晴らしい

時には暗い人生も トンネル抜ければ夏の海
そんな時こそ野の花の けなげな心を知るのです  


野に咲く花のように 雨に打たれて
野に咲く花のように 人を和(ナゴ)やかにして
そんな風に僕たちも 生きてゆけたら素晴らしい

時には辛い人生も 雨のち曇りでまた晴れる
そんな時こそ野の花の けなげな心を知るのです
ルルルー ルルルルルルー ・・・・


野に咲く花のように(ダ・カーポ)


posted by 肉まん父さん at 07:51 | Comment(0) | TrackBack(0) | 思い出の名曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月06日

世界は二人のために

世界は二人のために(相良直美)






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世界は二人のために




世界は二人のために




世界は二人のために




という曲は




肉まん父さんが大好きな




曲の一つです。




歌詞をじっくりと




見ても




シンプルイズベスト




という思いが湧いてきます。




そして、




この歌を聴くと




なつかしいなぁ




という言葉が




口をついて




出てきます。




あなたもそうではありませんか(ニコッ)。




また、画像は、「音」が出ますので、「職場」などから、ごらんになっている方は、「ご注意」くださいね(ニコッ)。




世界は二人のために


愛 あなたと二人
花 あなたと二人
恋 あなたと二人
夢 あなたと二人
二人のため 世界はあるの
二人のため 世界はあるの

空 あなたとあおぐ
道 あなたと歩く
海 あなたと見つめ
丘 あなたとのぼる
二人のため 世界はあるの
二人のため 世界はあるの

なぜ あなたといるの
いつ あなたとあうの
どこ あなたと行くの
いま あなたとわたし
二人のため 世界はあるの
二人のため 世界はあるの

愛 あなたと二人
花 あなたと二人
恋 あなたと二人
夢 あなたと二人
二人のため 世界はあるの
二人のため 世界はあるの


世界は二人のために(相良直美)


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2008年06月03日

聖母(マドンナ)たちのララバイ

聖母たちのララバイ(岩崎宏美)


聖母たちのララバイ(岩崎宏美)






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聖母たちのララバイ




聖母たちのララバイ




年月を重ねてすごみを増す




歌手もおられます。




たとえば、岩崎宏美氏もその一人です。




途中家庭の事情で歌手活動を休止していましたが、




20年ぶりに歌っている




聖母達のララバイ




という歌は、




1982年同時も




大好きな歌でしたが、




今現在の




岩崎宏美氏が歌う




聖母たちのララバイ




は、




肉まん父さん自身が




むちゃくちゃ好きな歌です。




聞くと思わず




じ〜ん




としてしまいます。




また、画像は、「音」が出ますので、「職場」などから、ごらんになっている方は、「ご注意」くださいね(ニコッ)。




聖母たちのララバイ

さあ眠りなさい 疲れきった体を投げ出して
青いそのまぶたを 唇でそっとふさぎましょう

ああ できるのなら 生まれ変わり
あなたの母になって 私のいのちさえ
差し出して あなたを守りたいのです
この都会(まち)は戦場(せんじょう)だから
男はみんな 傷(きず)を負った戦士
どうぞ 心の痛みをぬぐって
小さな子供の昔に帰って 熱い胸に甘えて

そう 私にだけ見せてくれた
あなたのその涙 あの日から決めたの
その夢を支えて 生きてゆこうと
恋ならばいつかは消える
けれども もっと深い愛があるの
ある日 あなたが背中を向けても
いつも私はあなたを遠くで みつめている聖母(マドンナ)
今は心の痛みをぬぐって
小さな子供の昔に帰って 熱い胸に甘えて


聖母たちのララバイ(岩崎宏美)





聖母たちのララバイ(岩崎宏美)


posted by 肉まん父さん at 08:19 | Comment(0) | TrackBack(0) | 思い出の名曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月30日

学生街の喫茶店

学生街の喫茶店(ガロGARO)






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学生街の喫茶店




過去の記事でも、ご紹介しましたが、肉まん父さんは昔はギターを所持していました。




昭和40年代を中心に



流行した



「フォークソング」を聴くとそのころのことが思い出されます。




なつかしいなぁ。




学生街の喫茶店という歌も肉まん父さんの大好きな歌です。




学生街の喫茶店


君とよくこの店に 来たものさ
訳もなくお茶を飲み 話したよ
学生でにぎやかな この店の
片隅で聞いていた ボブ・ディラン
あの時の歌は 聞こえない
人の姿も変わったよ
時は流れた
あの頃は愛だとは 知らないで
サヨナラも言わないで 別れたよ
君と

君とよくこの店に 来たものさ
訳もなくお茶を飲み 話したよ
窓の外 街路樹が美しい
ドアを開け 君が来る気がするよ
あの時は道に 枯葉が
音もたてずに 舞っていた
時は流れた
あの頃は愛だとは 知らないで
サヨナラも言わないで 別れたよ
君と 君と 君と




肉まん父さん自身、学生の頃に、喫茶店に入り、コーヒー一杯で何時間も時間をつぶしたことも、今となっては良い思い出です。




また、画像は、「音」が出ますので、「職場」などから、ごらんになっている方は、「ご注意」くださいね(ニコッ)。




学生街の喫茶店


君とよくこの店に 来たものさ
訳もなくお茶を飲み 話したよ
学生でにぎやかな この店の
片隅で聞いていた ボブ・ディラン
あの時の歌は 聞こえない
人の姿も変わったよ
時は流れた
あの頃は愛だとは 知らないで
サヨナラも言わないで 別れたよ
君と

君とよくこの店に 来たものさ
訳もなくお茶を飲み 話したよ
窓の外 街路樹が美しい
ドアを開け 君が来る気がするよ
あの時は道に 枯葉が
音もたてずに 舞っていた
時は流れた
あの頃は愛だとは 知らないで
サヨナラも言わないで 別れたよ
君と 君と 君と


学生街の喫茶店(ガロGARO)


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2008年05月27日

結婚しようよ

結婚しようよ(吉田拓郎)





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結婚しようよ




結婚しようよ




そういえば、肉まん父さん自身は、




昭和50年代に、あんまん母さん(妻)と出会い、




そして、




結婚をしました。




そのときのことを思い出すのが、




この




結婚しようよ




という歌です。



結婚しようよ


 僕の髪が肩までのびて
 君と同じになったら
 約束どおり町の教会で
 結婚しようよ MMMM

 古いギターをボロンと鳴らそう
 白いチャペルが見えたら
 仲間を呼んで花をもらおう
 結婚しようよ MMMM

 もうすぐ春がペンキを肩に
 お花畑の中を散歩にくるよ
 そしたら君は窓をあけて
 エクボを見せる僕のために
 僕は君をさらいにくるよ
 結婚しようよ MMMM

 雨が上がって雲のきれ間に
 お陽様さんが見えたら
 ひざっこぞうをたたいてみるよ
 結婚しようよ MMMM

 二人で買った緑のシャツを
 僕のおうちのベランダに
 並べて干そう
 結婚しようよ僕の髪は
 もうすぐ肩までとどくよ




肉まん父さん自身は、




湊川神社




というところで、




結婚式をあげました。




よく覚えているのは、




神主様や巫女様に




いろいろと「結婚」という




儀式を進めてもらうのですが、




うしろで、




「チャリ〜ン」


「チャリチャリ〜ン」



という音が聞こえます。



そうです。




湊川神社での結婚式というのは、




普段は




「パンッ、パンッ」




と柏手(かしわで)を打って



お賽銭(おさいせん)を



賽銭箱に入れ、



太いわらのひもを引いて



賽銭箱の上にある大きな



鐘を「ガランガラン」と



鳴らす



その目の前でやるのです。



普段は、賽銭箱の先には入れないと思うのですが、



その賽銭箱の先の板間で



結婚の儀式を



おこなうのです。



親族や友人はもちろんのこと、



関係のない一般の



参拝客の方々に



見守られながらの



結婚式でしたね(ニコッ)。





今回ご紹介している画像に出てくる




明治神宮には




昨年、




ある方のご子息の




結婚式関係で




行って参りました。




そして、




つたないスピーチもさせて頂きました。




「結婚」




という言葉には、




いろいろな




「ひびき」




がありますが、




「結婚」




ということにより、




より多くの方々と親族になったり、




おつきあいが増えると言うことは




とても良いものだと思っております。




また、画像は、「音」が出ますので、「職場」などから、ごらんになっている方は、「ご注意」くださいね(ニコッ)。




結婚しようよ


 僕の髪が肩までのびて
 君と同じになったら
 約束どおり町の教会で
 結婚しようよ MMMM

 古いギターをボロンと鳴らそう
 白いチャペルが見えたら
 仲間を呼んで花をもらおう
 結婚しようよ MMMM

 もうすぐ春がペンキを肩に
 お花畑の中を散歩にくるよ
 そしたら君は窓をあけて
 エクボを見せる僕のために
 僕は君をさらいにくるよ
 結婚しようよ MMMM

 雨が上がって雲のきれ間に
 お陽様さんが見えたら
 ひざっこぞうをたたいてみるよ
 結婚しようよ MMMM

 二人で買った緑のシャツを
 僕のおうちのベランダに
 並べて干そう
 結婚しようよ僕の髪は
 もうすぐ肩までとどくよ




結婚しようよ(吉田拓郎)



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2008年05月23日

てんとう虫のサンバ

てんとう虫のサンバ(チェリッシュ)







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てんとう虫のサンバ




てんとう虫のサンバ



この歌は、仲の良い夫婦である




チェリッシュ




という歌手が歌っている曲で




肉まん父さん自身




何回も聴いたことのある




大好きな曲です。




また、画像は、「音」が出ますので、「職場」などから、ごらんになっている方は、「ご注意」くださいね(ニコッ)。




てんとう虫のサンバ


あなたと私が 夢の国
森の小さな 教会で
結婚式を あげました
照れてるあなたに 虫達が
接吻(くちづけ)せよと はやしたて
そっとあなたは くれました
赤 青 黄色の 衣装をつけた
てんとう虫が しゃしゃり出て
サンバにあわせて 踊り出す
愛する二人に 鳥達も
赤いリボンの 花かごと
愛の接吻(くちづけ) くれました

今日は楽しい 夢の国
森のお祭り 舞踏会
白いドレスで 出掛けます
幸せ誓った お祝いに
森の可愛い 虫達が
楽器を持って 集まった
赤 青 黄色の 衣装をつけた
てんとう虫が しゃしゃり出て
サンバにあわせて 踊り出す
まあるい まあるい お月さま
愛の光で ほほえんで
森の月夜は ふけました

赤 青 黄色の 衣装をつけた
てんとう虫が しゃしゃり出て
サンバにあわせて 踊り出す
まあるい まあるい お月さま
愛の光で ほほえんで
森の月夜は ふけました


てんとう虫のサンバ(チェリッシュ)


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2008年05月20日

戦争を知らない子供たち

戦争を知らない子供たち(ジローズ)


戦争を知らない子供たち(ジローズ)






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戦争を知らない子供たち




戦争を知らない子供たち




この歌は、聴く人の立場により、いろいろな思いを持つ歌でもあります。




具体的な例を挙げれば、




この間も義父や義母とお墓参りに出かけたのですが、その際にお墓の遙か上空を飛行機が通り過ぎ、飛行機雲がつづいていました。




子供達は「あっ、飛行機だよ、おばあちゃん」と言ったのですが、義母は




「私は、見たくない」




と、顔を背けて(そむけて)しまいました。




平成20年の今になっても、




神戸大空襲での爆弾を落とされた




B-29のことが脳裏にはっきりと浮かぶそうです。




義母の身体には、そのときのある小さなキズ(障害)が今も残っています。




神戸大空襲からは60年以上たつ今でも、「飛行機が上を飛ぶとこわい」と義母は言います。




現実的には、今飛行機が上を飛んでも、爆弾が落ちてくる可能性は、平成20年の5月の今現在では、少ないと思うのですが、実際に「被爆」して経験を持つ義母は「爆撃の怖さが身にしみている」と言います。




そんな思いで、



この「戦争を知らない子供たち」を聴いている人もいるのです。



ちなみにインターネット百科事典には




ここから引用です。→



戦争を知らない子供たち (楽曲)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: ナビゲーション, 検索
戦争を知らない子供たち
ジローズ の シングル
リリース 1972年2月5日
ジャンル フォーク
レーベル 東芝音楽工業
チャート最高順位
11位(オリコン)

ジローズ 年表

戦争を知らない子供たち
(1972年) 青春のわかれ道
(1972年)
「戦争を知らない子供たち」(せんそうをしらないこどもたち)は1970年に発表されたジローズ(第二次)のヒット曲。作詞は北山修、作曲は杉田二郎。

1971年2月5日にレコードが発売されるとオリコンチャート最高11位、196,000枚を売り上げるヒット曲となった。ジローズはこの年の日本レコード大賞新人賞を、北山修は作詞賞を受賞した。1973年にはこの曲の歌詞を原案にした同名の映画が制作された。

[編集] 解説
1970年当時、世はベトナム戦争の真っ最中であり、憲法の制約のある日本政府もアメリカ合衆国の戦争遂行に基地の提供といった形で協力していた。日本国内でも一部の文化人や学生を中心に反戦平和運動は盛り上がりを見せていた。そのような中で発表されたこの曲は日本における代表的な反戦歌となった。

大阪万博でのコンサートで初めて歌われた。


[編集] この曲に対する北山修の意見の変化
当初、北山修は、親しみやすく新しい反戦歌としてこの曲を作詞し、LP「戦争を知らない子供たち 〜万国博ホールにおけるコンサート実況盤〜」にも、彼の心からの反戦メッセージが収録されている。

だが、1980年頃より自ら下らない幼稚な歌詞だと発言したり、「自分たちが大人になっていく過程で大人たちに言われた『俺たちは戦争で苦労したんだ。いま、お前たちが好き勝手なことができるのは俺たちが苦労したおかげなんだ。』『いまの若い奴等は軟弱だ。俺たちは軍隊で鍛えられているからお前たちとは違うんだ』などという言葉に反抗したくて作ったんだと思う」という話を度々語るようになった。よってこの歌は、当初は北山が新しい反戦歌として製作したものの、他人からの厳しい意見や、自らの価値観の変化によって、現在は、北山にとって、古い世代に属する大人たちの価値観に対する皮肉を含んだ反抗の歌ということとなっている。

近年では「自衛隊の足がイラクについたその日から、もう『戦争を知らない子供たち』ではなくなってきている」と自らの発表した楽曲とそのメッセージとは裏腹に世界が争いに突き進んでいる様相を見て嘆きのコメントを寄せている。

余談だが、作曲した杉田二郎は昔も今も「これから生まれてくる子供達がいつまでも『戦争を知らない(戦争のない平和な世界を生きる)子供たち』であってほしい」と解釈している。


←ここまで




「戦争を知らない子供たち」




からの引用でした。



また、画像は、「音」が出ますので、「職場」などから、ごらんになっている方は、「ご注意」ください。




戦争を知らない子供たち


戦争が終わって 僕等は生れた
戦争を知らずに 僕等は育った
おとなになって 歩き始める
平和の歌を くちずさみながら
僕等の名前を 覚えてほしい
戦争を知らない 子供たちさ

若すぎるからと 許されないなら
髪の毛が長いと 許されないなら
今の私に 残っているのは
涙をこらえて 歌うことだけさ
僕等の名前を 覚えてほしい
戦争を知らない 子供たちさ

青空が好きで 花びらが好きで
いつでも笑顔の すてきな人なら
誰でも一緒に 歩いてゆこうよ
きれいな夕日が 輝く小道を
僕等の名前を 覚えてほしい
戦争を知らない 子供たちさ
戦争を知らない 子供たちさ


戦争を知らない子供たち(ジローズ)




戦争を知らない子供たち(ジローズ)


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2008年05月16日

あなた

あなた(小坂 明子)






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あなた




あなた




この歌は昭和48年の歌ですが、




肉まん父さん自身、




将来結婚することが出来たら、




この歌にあるような




家も良いなぁ




と思ったことがあります。




現実には、全然違いますが・・・(ニコッ)。



ただ、一度聴いたら



記憶に残る歌ではないかと



思っています。




また、画像は、「音」が出ますので、「職場」などから、ごらんになっている方は、「ご注意」くださいね(ニコッ)。




あなた


もしも私が 家を建てたなら
小さな家を 建てたでしょう
大きな窓と 小さなドアと
部屋には古い 暖炉があるのよ

真赤なバラと 白いパンジー
子犬の横には あなた あなた
あなたがいて欲しい
それが私の夢だったのよ
いとしいあなたは 今どこに  

ブルーのじゅうたん 敷きつめて
楽しく笑って 暮らすのよ
家の外では 坊やが遊び
坊やの横には あなた あなた
あなたがいて欲しい
それが二人の望みだったのよ
いとしいあなたは 今どこに

そして私はレースを 編むのよ
私の横には 私の横には あなた あなた
あなたがいて欲しい
 
そして私はレースを 編むのよ
私の横には 私の横には あなた あなた
あなたがいて欲しい


あなた(小坂 明子)


posted by 肉まん父さん at 06:46 | Comment(0) | TrackBack(0) | 思い出の名曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月13日

翼をください

翼をください(Song for Memories )






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翼をください




翼をください




肉まん父さんの若い頃によく口ずさんでいた歌です。




過去の





「学生時代」





でご紹介した




ユースホステルでも唄っていた曲です。





翼をください


今 私の願いごとが
かなうならば 翼が欲しい
この背中に 鳥のように
白い翼 付けてください

この大空に 翼をひろげ
飛んで行きたいよ
悲しみの無い 自由な空へ
翼はためかせ 行きたい

子供のとき 夢見たこと
今も同じ 夢に見ている

この大空に 翼をひろげ
飛んで行きたいよ
悲しみの無い 自由な空へ
翼はためかせ
この大空に 翼をひろげ
飛んで行きたいよ
悲しみの無い 自由な空へ
翼はためかせ 行きたい



この中の


悲しみの無い

自由な空へ

翼はためかせ 

行きたい




というフレーズは



今も強く感じている



思いを代弁しています。



また、画像は、「音」が出ますので、「職場」などから、ごらんになっている方は、「ご注意」くださいね(ニコッ)。




翼をください


今 私の願いごとが
かなうならば 翼が欲しい
この背中に 鳥のように
白い翼 付けてください

この大空に 翼をひろげ
飛んで行きたいよ
悲しみの無い 自由な空へ
翼はためかせ 行きたい

子供のとき 夢見たこと
今も同じ 夢に見ている

この大空に 翼をひろげ
飛んで行きたいよ
悲しみの無い 自由な空へ
翼はためかせ
この大空に 翼をひろげ
飛んで行きたいよ
悲しみの無い 自由な空へ
翼はためかせ 行きたい


翼をください(Song for Memories )


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2008年05月09日

別れの予感

別れの予感(テレサ・テン)






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別れの予感




別れの予感




「テレサ・テン」氏は、数々のヒット曲を発表しましたが、その中で肉まん父さんが心に残っているのは「別れの予感」という歌です。




過去に、





「つぐない」





という記事でご紹介した




テレサ・テン氏の歌は、




肉まん父さん自身は、好きな歌が




多いのですが、




なぜか、1番記憶によく残っている歌は




別れの予感




という歌です。




この歌は、1987年に発表になった




歌ですので、約20年前の歌です。




テレビに映る、




その当時のテレサ・テン氏は




まだ34歳という若さなのに、




すごい貫禄のある




大人の歌手に見えました。




肉まん父さんにとっては、この歌は「両刃の剣」というイメージで、「さだまさし」氏の「関白宣言」と同じように、のめり込む人は、とことんのめり込み、それぞれの考え方で、反発する人は、とことん反発するという曲でもあると思います。




ただ、肉まん父さんにとっては、「なつかしい」ような「複雑な思いのする曲」でもあります。




そして、「テレサ・テン」氏の表現力と歌唱力を思い出す曲でもあります。




また、画像は、「音」が出ますので、「職場」などから、ごらんになっている方は、「ご注意」くださいね(ニコッ)。



別れの予感


泣き出してしまいそう 痛いほど好きだから
どこへも行かないで 息を止めてそばにいて
身体からこの心 取り出してくれるなら
あなたに見せたいの この胸の想いを

 教えて 悲しくなるその理由を
 あなたにふれていても
 信じること それだけだから
 海よりも まだ深く
 空よりも まだ青く

あなたをこれ以上 愛するなんて
 わたしには 出来ない

もう少し綺麗なら 心配はしないけど
わたしのことだけを 見つめていて欲しいから
悲しさと引き換えに このいのち出来るなら
私の人生に あなたしかいらない

 教えて生きることのすべてを
 あなたの言うがままに
 ついていくこと それだけだから
 海よりも まだ深く
 空よりも まだ青く

あなたをこれ以上 愛するなんて
 わたしには 出来ない
あなたをこれ以上 愛するなんて
 わたしには 出来ない


別れの予感(テレサ・テン)


タグ:別れの予感
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2008年05月06日

Gメン'75

Gメン'75オープニング



Gメン'75エンディング(面影)






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Gメン'75




Gメン'75




昭和という時代の後半は、今よりも、もっともっとTVの影響が強かった時代だと思っています。




今は、平成20年という時ですが、なにかあるテレビ番組を見忘れたとしても、それが人気番組ならば、インターネットで調べれば、かなりの情報を得ることが出来ます。




しかし、あの頃は、見忘れたら「それで終わり」という時代でした。




各自の記憶に残すしかなかったように思います。




肉まん父さんがテレビドラマとして、毎週楽しみに観ていたものに




「Gメン'75」




という番組がありました。





ここから引用です。→


Gメン'75
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: ナビゲーション, 検索
ドラマ

Portal : テレビ
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ドラマ一覧
日本のドラマ
カテゴリ
テレビドラマ
プロジェクト
テレビドラマ
『Gメン'75』(ジーメンななじゅうご)は、TBSテレビ系で放送された刑事ドラマ。
映像での番組名は「G MEN' 75」。

本項では、一連の「Gメン」シリーズについても記述する。

「Gメン」シリーズ

1975年5月24日〜1982年4月3日(毎週土曜日21:00〜21:54)の延べ7年間に渡って『Gメン'75』を放送。

『Gメン'75』が終了して半年後の1982年10月17日〜1983年3月13日(毎週日曜日20:00〜20:54)に続編として『Gメン'82』を放送。

1993年4月13日に単発番組(2時間)『Gメン'93春 第一級殺人の女』を放送。

2000年10月23日と2001年4月16日に単発番組(2時間)の『Gメン'75スペシャル』がそれぞれ放映された。


[編集] Gメン'75

[編集] 内容
警視庁庁舎から独立した捜査班「Gメン」(黒木警視(後に警視正)を長として、5〜7人が所属。Gメンとのパイプ役として、警視庁側に小田切警視や南雲警視がいる)が様々な事件を解決していくハードボイルドドラマ。

一切の個人的感情を捨てて非情な捜査に命を懸けるGメン達の宿命やさまざまな凶悪犯罪に虐げられる力なき市民の悲劇を陰惨かつ悲惨に描く。

「沖縄米軍基地問題」「交通遺児」「安楽死」等社会派の話や、些細な偶然から転落した犯罪者の話などバラエティーに富んでいたが、次第に警察官の関わる犯罪を扱うことが多くなり、不当捜査・でっち上げなどの警察署内の腐敗に挑むなど、「警察の中の警察」というカラーが強くなっていった。また、倉田保昭がカンフーアクションで活躍する香港ロケ編、他にも海外ロケ編がある。

題名の「75」は番組がスタートした1975年になぞらえた。


[編集] タイトルバックについて
陽炎の立ちこめる中、メンバーが滑走路を横一列に歩く構図と各人のアップを映したタイトルバック、バックに流れる菊池俊輔作曲の「Gメン'75のテーマ」、そして芥川隆行による、「ハードボイルド Gメン'75 熱い心を強い意志で包んだ人間たち」のナレーションは視聴者に強烈な印象を与え「Gメン」を語る際には欠かせない存在となっている。

タイトルバックの有名なシーンは品川区八潮5丁目の道路[1]や海上自衛隊館山航空基地の滑走路で行われた。

番組放映中はもとより現在においても、時折テレビ番組やCMにおいて「Gメン」のタイトルバックのパロディが製作されているところからも、そのインパクトの強さが感じられる。


[編集] 使用車両について
番組スポンサーにトヨタ自動車が含まれていたことから、番組に使われる車両には基本的にトヨタのクラウン、マークII、クレスタ、チェイサー、セリカXX、コロナ等が用いられた(後継番組の『ザ・サスペンス』も同様)。


[編集] 番組ができるまで
本作は、国際警察の秘密捜査官チームが主役の『キイハンター』に端を発し、探偵学校の校長とその生徒が主役の『アイフル大作戦』、探偵社メンバーが主役の『バーディー大作戦』と続いた「TBS系土曜夜9時オンエア・東映製作」の集団アクションドラマ路線の4作目に当たる。

それまでの3作が「明朗かつ荒唐無稽なアクション活劇」を展開していたのとは打って変わり、「アクションドラマではあるものの、登場人物の葛藤や悲哀、緊張感に満ちた心理描写や、社会性を強調した重厚かつ先の読めない人間ドラマ」が中心となり、「シリアスでハードボイルドな刑事ドラマ」として製作された。

この『キイハンター』以来のアクション活劇からの路線変更の中心となったのは、『キイハンター』以来のTBS系土曜夜9時の東映製作による集団アクションドラマのプロデューサーとして君臨してきた近藤照男であった。この近藤照男は、もともとシリアスで社会派のハードボイルド志向が高く、「シリアスでハードボイルド、単なるアクションドラマではなく、重厚かつ完成度の高いドラマを加味したアクションドラマを作る」事を目指していたそうで、『キイハンター』から『バーディー大作戦』までの明朗で荒唐無稽なアクション活劇路線は、近藤照男の本来作りたい路線ではなかった。『キイハンター』が爆発的なヒットを飛ばして5年間のロングランとなり、続く『アイフル大作戦』も『キイハンター』ほどではないものの安定した人気と視聴率を獲得したものの、『バーディー大作戦』が視聴率的に振るわなくなり、その『バーディー大作戦』の問題点や次回作の方向性などについて、スタッフと語り合ったという。

そればかりでなく、オイルショックに伴う世情不安を反映した、登場人物の苦悩や悲哀、重厚かつ陰惨な社会派の人間ドラマが求められるようになり、『キイハンター』などのような荒唐無稽で軽快なアクション活劇が多くの視聴者から拒絶されだした当時の時代背景も本作の企画に大きく影響し、それもこの頃の近藤照男をはじめとするスタッフを奮い立てる要因となったのである。


[編集] キャスト
第1話〜第33話

黒木警視:丹波哲郎
関屋警部補:原田大二郎
草野刑事:倉田保昭
津坂刑事:岡本富士太
響圭子刑事:藤田美保子
山田刑事:藤木悠
小田切警視:夏木陽介
第34話〜第104話

黒木警視:丹波哲郎
草野刑事:倉田保昭
津坂刑事:岡本富士太
響圭子刑事:藤田美保子(〜103話)
山田刑事:藤木悠
小田切警視:夏木陽介
第105話〜第204話

黒木警視:丹波哲郎
立花警部補:若林豪
草野刑事:倉田保昭(〜第202話)
中屋刑事:伊吹剛
速水涼子刑事:森マリア(〜第203話)
山田刑事:藤木悠
小田切警視:夏木陽介
第205話〜第226話

黒木警視正:丹波哲郎
立花警部:若林豪
津川螢子警部補:夏木マリ
中屋刑事:伊吹剛
村井刑事:有希俊彦
田口刑事:千葉裕
小田切警視:夏木陽介
第227話〜第252話

黒木警視正:丹波哲郎
立花警部:若林豪
津川螢子警部補:夏木マリ
中屋刑事:伊吹剛
島谷刑事:宮内洋
田口刑事:千葉裕
南雲警視:川津祐介
第253話〜第306話

黒木警視正:丹波哲郎
立花警部:若林豪
中屋警部補:伊吹剛
島谷刑事:宮内洋
田口刑事:千葉裕
吹雪杏子刑事:中島はるみ
南雲警視:川津祐介
第307話〜第330話

黒木警視正:丹波哲郎
立花警部:若林豪
草鹿刑事:鹿賀丈史
田口刑事:千葉裕
マリコ・寺岡刑事:セーラ
賀川陽子刑事:范文雀
津村冴子警部補:江波杏子
第331話〜第355話(最終話)

黒木警視正:丹波哲郎
立花警部:若林豪
草鹿刑事:鹿賀丈史
古田刑事:谷村昌彦
風間刑事:藤川清彦
賀川陽子刑事:范文雀
津村冴子警部補:江波杏子

[編集] 登場人物の詳細
黒木哲也警視(第205話より「警視正」)(演=丹波哲郎)
Gメンの総指揮者。めったに現場に出ることはないが、的確な指示で、メンバー達をまとめる。
関屋一郎警部補(演=原田大二郎)
Gメン初代メンバーの一人。やや暴走しがちで、黒木から「万年警部補」と揶揄されるが、第1話において恋人をその兄である関屋の先輩刑事に殺される事件を経て、初代メンバーのリーダー格として成長する。第33話において、犯人と撃ち合いになった結果、相撃ちになり殉職。
草野泰明刑事(演=倉田保昭)
Gメン初代メンバーの一人。元はマル暴担当の刑事だった。空手の使い手で、肉弾戦においては、おそらく初代メンバー中最強。その腕で、香港において、麻薬組織を2つほど潰している。草野は本当は「汪雲龍」という名の中国人であった。第202話において、難民たちとともに生きていく道を選び、Gメンを去る。
津坂真一刑事(演=岡本富士太)
Gメン初代メンバーの一人。Gメン設立以前から関屋一郎警部補の部下である。当初は寡黙であったが、次第に熱血漢な面が強調されていく。第104話において、父親の敵である犯人を時効直前に追い詰めるが、相撃ちとなり殉職。なお、Gメンにおいては7年間のTVシリーズを通して、殉職者は関屋と津坂の2名のみである。
響 圭子刑事(演=藤田美保子)
Gメン初代メンバーの一人。元は警視庁外事課の刑事で、第1話において関屋たちと合流する。沖縄編では、同じ日本人であるにもかかわらず、沖縄の状況を理解していない内地の人間として、憎しみや悲しみのはけ口とされる。また、自分にあこがれる女子高生を、正義感を教えたために殺されてしまうなど、多くの苦悩に直面する。最後は、おとり捜査の対象として選んだ女性が殺害され、責任を感じ、真犯人を追い詰めるが、すんでのところで犯人は出国。インターポールへ転属という形で、真犯人を追い詰めるために、Gメンを去る。
山田八兵衛刑事(演=藤木悠)
Gメン初代メンバーの一人。元は捜査三課出身で、主な担当はスリ、万引きなどの捜査であった。強面でハードボイルドな雰囲気を持ったGメンの中でも、人情家として描かれていた。覚醒剤取締捜査官が、自分の息子が覚醒剤に手を出してしまった事に心を痛め自殺を図ろうとするが、それを必死に止めるなど。その際、その捜査官の要望により、Gメンを去って、捜査官の右腕として働くことを決意する。
小田切憲警視(演=夏木陽介)
Gメン初代メンバーの一人。常勤ではなく、普段は警視庁に身を置き、Gメンと警視庁の架け橋として活躍する。語学堪能であり、フランスに出向した際などは流暢なフランス語で、捜査を円滑に進める。父親も警察官(村の巡査)であったが、実は過去に冤罪事件を起こしており、死んだ父に代わり、無実を証明するために奔走するなど、熱い面もある。
立花吾郎警部(演=若林豪)
第105話にて登場。初登場時は警部補。妻と息子を、逃走中の銀行強盗のギャング団にひき殺されるが、犯人は妹の夫を含む刑事達であることが発覚し、逃亡先の香港に出向するも、弟夫婦も真犯人の刑事に殺され、最後はその手で真犯人を射殺する。その事件を経て、Gメンに加入することとなる。関屋警部補亡き後のGメンにおいて、存分なリーダーシップを発揮し、抜群の存在感を発揮していた。また部下に対しては厳しい鬼軍曹的存在で(口癖は「甘ったれるな!」)、部下から「夜叉」と陰口を叩かれることも。
中屋武刑事(演=伊吹剛)
第105話より登場。元々は捜査一課・立花の部下で(立花と)同時にGメンに加入。柔道を得意とし香港シリーズでは現地のマフィアに力業で立ち向かった一種のパワーファイター。熱血漢である反面、短気が禍してスタンドプレーに走り黒木や立花に叱責されることもしばしば。一時期警部補へ昇格したものの、捜査のミスによってGメンから離脱、古巣の捜査一課へ左遷させられた。
速水涼子刑事(演=森マリア)
田口明夫刑事(演=千葉裕)
村井刑事(演=有希俊彦)
津川蛍子警部補(演=夏木マリ)
島谷和彦刑事(演=宮内洋)
南雲義明警視(演=川津祐介)
吹雪杏子刑事(演=中島はるみ)
草鹿刑事(演=鹿賀丈史)
マリコ・寺岡刑事(演=セーラ)
賀川陽子刑事(演=范文雀)
津村冴子警部補(演=江波杏子)
古田刑事(演=谷村昌彦)
風間刑事(演=藤川清彦)

[編集] 主題歌

[編集] オープニング・テーマ
「Gメン'75のテーマ」(1~306話)
作・編曲:菊池俊輔 演奏:スーパー・オーケストラ
「Gメン'75のテーマ(新ヴァージョン)」(230、231話のみ)
作・編曲:菊池俊輔 スキャット:川島和子 コーラス:フィーリングフリー、ロイヤル・ナイツ
「アゲイン(インストゥルメンタル)」(309~最終話)
作曲:ピエール・ポルト 編曲:若草恵

[編集] エンディング・テーマ
「面 影」(1~58話)
作詩:佐藤純弥 作・編曲:菊池俊輔 歌:しまざき由理
「追 想」(59~144話)
作詩:佐藤純弥 作・編曲:菊池俊輔 歌:しまざき由理
「蜉蝣 かげろう」(94話のみ)
作詩:佐藤純弥 作・編曲:菊池俊輔 歌:范 文雀
「道」(145~174話)
作詩:佐藤純弥 作・編曲:菊池俊輔 歌:島 かおり コーラス:こおろぎ'73
「漂 泊 さすらい」(160話のみ)
作詩:佐藤純弥 作・編曲:菊池俊輔 歌:江波杏子
「面 影(歌詞3番)」(175~204話)
作詩:佐藤純弥 作・編曲:菊池俊輔 歌:しまざき由理
「レクイエム」(205~226、229話)
作詩:佐藤純弥 作・編曲:菊池俊輔 歌:ささきいさお
「蜉 蝣 かげろう」(214話のみ)
作詩:佐藤純弥 作・編曲:菊池俊輔 歌:夏木マリ
「レクイエム」(230~233、235話)
作詩:佐藤純弥 作・編曲:菊池俊輔 歌:しまざき由理
「ウィング」(234、236~248話)
作詩:伊達 歩 作曲:都倉俊一 歌:夏木マリ
「遥かなる旅路」(254~306話)
作詩:竜 真知子 作曲:ミッキー吉野 歌:ポプラ
「アゲイン」(308~354話)
作詩:佐藤純弥 作曲:ピエール・ポルト 編曲:若草 恵 歌:しまざき由理

[編集] スタッフ
プロデューサー
近藤照男
原弘男(第1話~第45話)
樋口祐三(第39話~最終話)
音楽
菊池俊輔(第1話~第306話)
ピエール・ポルト(第307話~最終話)
義野裕明(第308話~最終話)
ナレーター:芥川隆行
制作
最終回以外:東映・TBS
最終回:近藤照男プロダクション・TBS(制作協力・東映)


←ここまで





「Gメン'75」





からの引用でした。




この番組のオープニングとエンディングも記憶に強く残っています。




特にエンディングの「面影」という曲は歌詞も含めて、いまでも、ときおり、口から出てくるくらい強い印象を持った曲でした。




また、画像は、「音」が出ますので、「職場」などから、ごらんになっている方は、「ご注意」くださいね(ニコッ)。


Gメン'75オープニング





Gメン'75エンディング(面影)


タグ:Gメン'75
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2008年05月02日

西遊記

モンキーマジック(ゴダイゴ・西遊記オープニング)



ガンダーラ(ゴダイゴ・西遊記エンディング)






  本日も当「肉まん父さんのゼロからお金を貯めよう(FX日記)」にお越し頂きありがとうございます。本当に感謝しております。これからも応援よろしくお願い致します。




西遊記




西遊記




約30年ほど前



「西遊記」



という番組を



肉まん父さんは、



家族とともに



よく観ていました。



内容もさることながら、



オープニングと



エンディングの



曲もあわせて流れていた



映像とともに記憶に



強く残っています。



ちなみに、その西遊記というものは、



ここから引用です。→


西遊記シリーズ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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この項目では1978年-1980年に日本テレビで放送されたドラマについて記述しています。2006年にフジテレビで放送されたドラマについては西遊記 (フジテレビ系テレビドラマ)をご覧ください。
ドラマ

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テレビドラマ
プロジェクト
テレビドラマ
『西遊記シリーズ』(さいゆうきシリーズ)とは、1978年から1980年にかけて日本テレビで放送されたドラマ『西遊記』『西遊記II』の総称で正式な番組名などではない。またこのページでは1993年3月28日に放送された日本テレビ開局40周年記念ドラマ『西遊記』についても説明する。

1978年から全26話が放送されたが、好評だったため1979年にパート2(全26話)が製作された。いずれも日曜日の20時から放送していた。タイトルの通り、中国の古典小説『西遊記』が題材であるが、随所にアレンジも加えられている。製作は日本テレビと国際放映。特撮は円谷プロダクションが担当した。

国内・国外にて何度も再放送されており、音楽を担当したゴダイゴとともに絶大な国民的人気を博したシリーズ。2006年9月27日に『西遊記パート1 DVD−BOX』が発売になった(英語版DVDはイギリスでリリースされている)。



[編集] 西遊記(1978年)
放送期間:1978年10月1日-1979年4月1日
主題歌:ゴダイゴ オープニング:『Monkey Magic』 エンディング:『ガンダーラ』
挿入歌:堺正章:『今では遅すぎる』
日本テレビ開局25周年記念番組として企画・制作。1978年は日中平和友好条約が調印された年であり、当時としては画期的な中国ロケが中華人民共和国中央広播事業局の協力のもと行われた。また、放送枠がNHK大河ドラマと同じ日曜夜8時であり、ひけをとらないようにと当時の金額で10億円の予算が投じられた。 余談であるが、後年DVD-BOXとしてソフト化された際の特典映像の中で岸部シローが「記念番組ということでギャラが普通のドラマよりも少し割り増しだった」と回想している。尚、夏目雅子は当時の大河ドラマであった『黄金の日日』にも出演しており、後に『おんな太閤記』において西田敏行と共演している。

1979年11月からイギリスBBCで英語吹き替え版が放送された。その後英語版はオーストラリアでも放送されている。また、中華人民共和国の中央放送局である中央電視台でも放送された。

石から生まれた猿孫悟空の生い立ちから始まり、天界から追放の500年後三蔵法師、沙悟浄、猪八戒との出会いを経て天竺への取経の旅をするという冒険活劇で、旅中に遭遇するさまざまな厄難とそれに伴う三蔵一行の絆や成長を描く。短気だが明るく人情味あふれる悟空、心美しく3人の弟子の良き指南役である三蔵、ニヒルで飄々とした悟浄、大喰いで女性に滅法弱いが愛嬌のある八戒などのキャラクター設定と3人の弟子の軽妙な掛け合いが人気を博す。また本来男性である三蔵法師を女性である夏目雅子が演じたことにより、高貴で中性的な三蔵法師像が形成され、後にドラマ化された『西遊記』でも三蔵役を女優が演じるというパターンが踏襲されている。

最終回は「到着したのはニセ天竺だった」という設定になっており、再び天竺への旅に出発するところで終わっている。パート2の制作を意識していたと思われるが、これはスタッフが視聴者に天竺の神秘的なイメージを持たせることを狙った演出であった。


[編集] 登場人物・キャスト
孫悟空 - 堺正章
石から生まれた石猿で如意棒と神通力を得て、地上の勢力争いに勝ち抜き、故郷・花果山の猿たちから「斉天大聖」として崇められるようになる。一度は天帝に仕えるが、不満を抱いて天界を荒らしまわったために天竺の釈迦如来によって五行山に五百年の間、封印される。三蔵によって封印を解かれてからは三蔵の弟子となって取経の旅のお供になる。旅の途中で人間である山賊を皆殺しにしたため、呪文を唱えると頭痛になる緊箍児という輪っかを頭にはめられる。それ以降は三蔵の身を守るために神通力を駆使して、数々の敵妖怪を打ち破っていく。
当初は粗暴さだけが目立ち、他の弟子にすぐ暴力を振るうために三蔵にそのことを咎められることが多かったが、旅を続けて行く内に他の弟子たちの兄貴分として懐の大きく優しい性格へと変わっていき、真面目過ぎて落ちこみやすい三蔵を励ますようになる。パート2になる頃には性格が非常にまるくなり、ユーモラスな性格が強調された。
三蔵法師 - 夏目雅子
観世音菩薩のお告げにより、取経の旅に出た大唐帝国の僧。旅の途中で孫悟空、猪八戒、沙悟浄を弟子にする。
当初は非常に堅物で頑固なため、悟空と衝突することも度々あった。また、妖怪に対して偏見を持っていたために妖怪である弟子たちから反感を買うこともあった。しかし、弟子たちの優しさに触れて行く内に自分が独り善がりでわがままだったことに気付き、悔い改めるようになっていく。慈悲深く、真面目で落ちこみやすいため、八戒を食べたと思い込んだ時は良心の呵責に苛まれて、夢遊病になって半ば八戒が乗り移った気になったこともある。「お前を破門します」、「修行が足りない証拠です」が口癖。
最初は弟子たちに助けられることが多かったが、機転を利かせて、弟子たちの危機を救ったことも幾度かある。パート1後半やパート2になる頃には少しは融通が利くようになり、調子の良いことも言うようになった。一度、女装をしたこともある。
沙悟浄 - 岸部シロー
猪八戒- 西田敏行
観世音菩薩-勝呂誉
天帝- 井上孝雄
太宗皇帝- 中村敦夫
釈迦如来 - 高峰三枝子

[編集] スタッフ
企画:早川恒夫(日本テレビ)
プロデューサー:山田宗雄、長富忠裕(日本テレビ)
香取雍史、森川一雄(国際放映)、熊谷健(円谷プロダクション)
脚本:佐々木守、沖島勲、安倍徹郎、田坂啓、ジェームス三木、古田求、布勢博一、田上雄、石森史郎、柴英三郎、尾中洋一
音楽:ミッキー吉野
演奏・唄:ゴダイゴ
撮影:矢田行男
照明:前原信雄
録音:宮永晋、金子昌平、宮永サウンド
美術:加藤雅俊
編集:平木康雄
整音:豊田博
効果:宮田音響
選曲:山川繁
助監督:青木敏
コスチュームデザイン:真木小太郎
時代考証:唐順棋
擬斗:宇仁貫三
制作主任:西島孝恒
特撮監督:高野宏一、鈴木清、中野昭慶、佐川和夫
特殊技術・撮影:関屋昌平
特殊技術・照明:飯田照雄
特殊技術・美術:高橋昭彦
特殊技術・操演:白熊栄次
特殊技術・助監督:吉村善之、神沢信一
特殊技術・視覚効果:中野稔、宮西武史
特殊技術・制作主任:小池一三
特撮担当:円谷プロダクション、デン・フィルム・エフェクト、東宝映像株式会社
装置:美建興業
衣裳:京都衣裳
かつら:川口カツラ
装飾:高津装飾美術
現像:東洋現像所
協力:新宿三井ビル・マンダリンパレス、青雲社、田辺エージェンシー、中華人民共和国・中央広播事業局
監督:渡邊祐介、池広一夫、黒田義之、福田純


←ここまで






「西遊記シリーズ」




からの引用です。




というテレビ番組でした。




ある程度以上の年齢の方にとっては、「なつかしい」テレビ番組ではないでしょうか。




また、画像は、「音」が出ますので、「職場」などから、ごらんになっている方は、「ご注意」くださいね(ニコッ)。



モンキーマジック(ゴダイゴ・西遊記オープニング)




ガンダーラ(ゴダイゴ・西遊記エンディング)


タグ:西遊記
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2008年04月29日

荒城の月

荒城の月(小林旭)






  本日も当「肉まん父さんのゼロからお金を貯めよう(FX日記)」にお越し頂きありがとうございます。本当に感謝しております。これからも応援よろしくお願い致します。




荒城の月




荒城の月




今回ご紹介する




「荒城の月」




という歌は小学校の音楽の




教科書などにも




紹介されていますので、




知っている人も




いるかもしれません、




しかし、この曲は




ある程度の年数を




生きてきた人が




それまでの人生を




振り返りながら




聞いてみると




子供の頃に




聞いたときとは




また違う




印象を持つ




歌でもあると




思います。




ここから引用です。→


荒城の月
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: ナビゲーション, 検索
この項目では歌曲の「荒城の月」について記述しています。銘菓の「荒城の月」については荒城の月 (銘菓)をご覧ください。
『荒城の月』 (こうじょう/くわうじやう・の・つき) は、土井晩翠作詞・瀧廉太郎作曲による歌曲。哀切をおびたメロディーと歌詞が特徴。七五調の歌詞(今様形式)と西洋音楽のメロディが融合した名曲。


[編集] 旋律
明治34年(1901年)に中学校(旧制中学校)唱歌の懸賞の応募作品として、瀧廉太郎が作曲した。原曲は無伴奏の歌曲であった。

大正6年(1917年)に山田耕筰はロ短調からニ短調へ移調、ピアノ・パートを補い、旋律にも改変を加えた。山田版は全8小節から16小節に変更し、一番の歌詞でいえば「花の宴」の「え」の音を、原曲より半音下げている。 山田耕筰のピアノ伴奏を用いながら、オリジナルの旋律を歌った例として、米良美一の録音が挙げられる。


[編集] 歌詞
詩は、東京音楽学校が土井晩翠に懸賞応募用テキストとして依頼したもの。原題は『荒城月』である。詩集への収録はない。

春高楼(かうろう・こうろう)の花の宴(えん) 巡る盃(さかづき)影さして
千代の松が枝(え)分け出(い) でし 昔の光今いづこ
秋陣営の霜の色 鳴きゆく雁(かり)の数見せて
植うる剣(つるぎ)に照り沿ひし 昔の光今いづこ
今荒城の夜半(よは・よわ)の月 変わらぬ光誰(た)がためぞ
垣に残るはただ葛(かずら) 松に歌ふ(うとう)はただ嵐
天上影は変はらねど 栄枯(えいこ)は移る世の姿
映さんとてか今も尚 ああ荒城の夜半の月
大変美しい起承転結の構成である。
「千代」とは非常に長い年月を意味し、「千代木」(ちよき)が松の異名であることから、松には長い年月が刻み込まれていると考えられている。その松の枝を分けて昔の「光」を探す情景は、憂いがあって美しい。なお、この詩では「千代」を「ちよ」とよんでいるが、伊達政宗が「千代」(せんだい)を「仙台」(仙臺)と書き改め、現在の仙台市につながっているため、仙台出身の土井晩翠が「仙台」を「千代」と書き、「ちよ」と読みを替えて「仙台」のことを暗に示しているとも考えられる。
雁は、主に東北地方や北陸地方で越冬をする渡り鳥。
歌詞二番「秋陣営の…」は上杉謙信作と伝えられる「霜は軍営に満ちて秋気清し数行の過雁月三更」をふまえたものと思われる。


←ここまで





「荒城の月」





からの引用でした。



また、画像は、「音」が出ますので、「職場」などから、ごらんになっている方は、「ご注意」くださいね(ニコッ)。



荒城の月


春高楼(こうろう)の花の宴(えん)
巡(めぐ)る盃(さかずき)かげさして
千代(ちよ)の松が枝(え)わけ出(い)でし
昔の光いまいずこ

秋陣営(じんえい)の霜の色
鳴きゆく雁(かり)の数見せて
植うる剣(つるぎ)に照りそいし
昔の光いまいずこ

いま荒城の夜半(よわ)の月
替(かわ)らぬ光たがためぞ
垣に残るはただ葛(かずら)
松に歌うはただ嵐(あらし)

天上影は替らねど
栄枯は移る世の姿
写さんとてか今もなお
嗚呼(ああ)荒城の夜半の月


荒城の月(小林旭)


タグ:荒城の月
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2008年04月25日

つぐない

つぐない(テレサ・テン)






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つぐない




つぐない




前回の記事とタイトルがかぶりますが、肉まん父さん自身が「つぐない」という曲名で思い浮かぶのは、「さだまさし」と「テレサ・テン」氏の2人です。




実は、過去に「テレサ・テン」氏の曲をよく聴いていた時代もありました。




若い方などでは、知らない方がおられるかもしれませんので、念のため、




ここから引用です。→


テレサ・テン
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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テレサ・テン
ケ麗君
出生 1953年1月29日
中華民国台湾省雲林県
死去 1995年5月8日

職業 歌手
各種表記
簡体字 邓丽君
繁体字 ケ麗君
ピン音 Dèng Lìjūn
和名表記 とう れいくん
発音転記 デン・リージュン
英語名 Teresa Teng
■ ポータル ■テンプレート ■ノート
ケ 麗君(デン・リージュン、テレサ・テン、Teresa Teng、本名: ケ 麗筠、1953年1月29日‐1995年5月8日)は、1970年代から1990年代にかけて主に中華圏アジアと日本を中心に活躍した台湾の歌手。日本や台湾、香港をはじめとする東アジアの国々で絶大な人気を誇っていることから、「アジアの歌姫」と呼ばれている。台湾を代表する歌手の一人。

英語名のテレサ(Teresa)は、彼女自身が尊敬するマザー・テレサに因んでつけたものと言われてきたが、実際はカトリック信徒だった彼女の洗礼名を転用したことが明らかにされている。テンは本名の姓『ケ』の中国語音を英語表記し、ローマ字読みしたものである。


[編集] 経歴
1953年に台湾の雲林県で生まれた外省人。父親は中国大陸河北省、母親は山東省出身の共に外省人で、父親は元国民党軍(国府軍)の職業軍人だった。彼女自身生前軍隊への慰問活動を熱心に行っていたこともあり、台湾では「軍人の恋人」というニックネームでも有名。

日本ではどちらかというと演歌歌手のイメージが強いが、実際はかなり幅広いジャンルの歌を歌っており、台湾や香港などで出されたアルバムには、演歌やムード歌謡に加えて台湾民謡や英語のポップス、日本語ポップスのカバー曲なども多数含まれている。外国語にも堪能であり、北京語に加えて台湾語、広東語、日本語、英語に堪能で、山東語、マレー語、フランス語などの言葉も話せたと言われる。日本でリリースされた曲は約260曲ほどであるが、中国語でリリースした曲は1,000曲を越す。

1973年に香港で「日本の父さん」と呼ばれる舟木稔(のちトーラスレコード社長)との出会いがきっかけで日本での活動を開始、ユニバーサルミュージック(当時は「日本ポリドール」)と契約し、アイドル歌謡曲路線の『今夜かしら明日かしら』でデビューしたが、売れ行きが思わしくなかったため不発。演歌路線に変えたところ、日本でのデビュー2作目となる『空港』が大ヒット、日本レコード大賞新人賞を獲得する。しかし、1979年、日本入国の際にインドネシアの偽造パスポートを使用したことが発覚し、国外退去処分となる。その後米国で暮らし、再来日を果たすまでは、香港を活動の拠点にしていた。中華圏のCDショップでは今でも、1982年〜1984年頃の香港や台湾での公演の様子を収めたDVDがよく売られている。

1984年再来日。レコード会社をトーラスレコードに移籍、日本でリリースした『つぐない』、『愛人』がそれぞれ150万枚、『時の流れに身をまかせ』が200万枚を売る大ヒットとなる。1984年から1986年にかけ、日本有線大賞及び全日本有線放送大賞の東西有線大賞で史上初の3年連続大賞・グランプリを受賞した。1985年12月には、彼女のソロコンサートとしては最後となるが、最大規模の演出をこらしたNHKホールコンサートが開催される。この時の歌唱は彼女のライブ公演の中でも最高の水準のものとして高い評価を得ている。

1987年、住居を香港に移すのと同時に、日本以外での歌手活動を殆ど休止するようになった。1990年以降はパリに居住。中華人民共和国の北京における天安門事件に対する反対集会にも参加し、亡命した民主化活動家とも交流を持った。1990年代に日本をはじめとするアジア各国で二回ほど彼女の死亡説が流れたりもした(一度目は1990年5〜6月に父親の葬儀への欠席をきっかけに病死説が、二度目は翌1991年4〜5月に病死説・暗殺説が流れている。死亡説に対してはそれを否定する本人のコメントが新聞記事などに取り上げられた)。1980年代後半以降のテレサは演歌・ムード歌謡というよりもJ-POP寄りで、ASKAや桑田佳祐、ZARDの坂井泉水らの曲も歌っているため、必ずしも演歌歌手とはいえない部分が多い。日本での最後のテレビ出演は、1994年11月に放送されたNHK『歌謡チャリティーコンサート』(仙台市にて公開録画)だった。

1995年5月8日、静養のためたびたび訪れていたタイ・チェンマイのメイピンホテルで気管支喘息による発作のため死去。42歳の若さだった。1990年から同棲関係にあった14歳年下のフランス人、ステファン・ピュエールが最期を看取った。同月28日に台北で国葬が執り行われ、世界各国から3万人ものファンが詰め掛けた。彼女の棺は中華民国の国旗と国民党党旗で覆われ、台湾での国民的英雄ぶりがうかがえた。墓所は台北市の北東に位置する台北県金山郷の金宝山にあり、小さな公園のように整備され、本名の一字を取って「筠園」と呼ばれている。墓前には銅像があり、彼女の歌声が絶えず流されている。没後10年目に当たる2005年5月8日には、日本をはじめとするアジア各国からファン300人ほどが墓所に詰めかけ、追悼集会を開いて生前のテレサ・テンを偲んだ。台湾での彼女はあまりにも偉大なので、遺体は火葬されず防腐加工などを施され土葬された。没後50年は生前の姿であり続ける。なお、台湾でこのような形で眠っているのは、蒋介石、蒋経国、テレサ・テンの三人だけである。

1995年の春にレコーディングする予定で作られた新曲「泣かないで」は、テレサが亡くなった翌年に新人歌手が歌い追悼にした。 ののち、「忘れないで - time to say good-bye -」として、幻の曲となっていたが、七回忌に当たる2001年にアグネス・チャンと北原ミレイによって同時にレコーディングされ、追悼の意が表された。

(テレサ・テンの活動年次は、「平野久美子著『テレサ・テンが見た夢』晶文社」に基づく)


[編集] テレサ・テンと有線放送
テレサ・テンと有線放送は切っても切れない関係にある。1985年に大ヒットした『愛人』は、有線放送のリクエストチャートで14週連続1位を記録。また、全日本有線放送大賞では1984年の『つぐない』、1985年の『愛人』、1986年の『時の流れに身をまかせ』で3連覇を達成して、浜崎あゆみが2003年に4連覇を達成するまでは誰も破ることが出来なかった。また、日本有線大賞でもやはり1984年の『つぐない』、1985年の『愛人』、1986年の『時の流れに身をまかせ』で3連覇を達成しているが、東西有線大賞3年連続同時大賞・グランプリ達成という記録は2008年現在誰にも破られていない。


[編集] テレサ・テンと中華人民共和国
テレサ・テンの歌は、1974年頃から音楽テープによって、中国共産党の一党独裁国家で、表現の自由だけでなく、諸外国の音楽の流入も制限されていた中華人民共和国に入り始めた。

彼女が歌う「何日君再来」は、日中戦争中の抗日歌として知られ、1980年代初頭に中国大陸で爆発的にブームとなった。中華人民共和国と敵対関係にある台湾国民党政府は、中国大陸に隣接する金門島から彼女の歌声を大音量で大陸に向けて流したり、音楽テープを付けた風船を大陸に向けて飛ばしたりすることで、中華人民共和国における反日感情を反政府感情にシフトさせる宣伝の道具として彼女の歌を利用した。そのため中華人民共和国の当局は、彼女の歌を不健全な「黄色歌曲」(ピンク歌曲)と位置づけて音楽テープの販売・所持等を禁止する措置を取り、これは1983年末まで続けられた。中華人民共和国で彼女の歌が禁止されていた時期でも実際には海賊版の音楽テープなどがかなり流布しており、それらを通して彼女の歌声を聞いていた人も多かった。1987年に両政府の関係改善がおこなわれたことから、台湾の商品を大陸で販売できるようになったことから、オリジナルの音楽テープが入るようになった。

中華人民共和国での彼女の人気の高さを物語るエピソードとして、当時、中華人民共和国の国民の間で「昼は老ケ(ケ小平)のいうことを聞き、夜は小ケ(ケ麗君:テレサ・テン)を聴く」、「中華人民共和国は二人のケ(ケ小平とケ麗君)に支配されている」といったようなジョークが流行っていたことなどを挙げることができる。

1989年6月4日に発生した中国共産党政権による反政府活動弾圧・虐殺事件である天安門事件の際には、香港で行われた民主化デモ弾圧に対する抗議集会に参加、民衆の前で歌を披露し、自ら中華人民共和国の民主化実現を訴えた。中国共産党政府による一党独裁を否定したテレサは、1997年7月1日にイギリスから中華人民共和国に返還・譲渡されることが決まっていた香港を発ち、フランスのパリへ移住した。生前、彼女は中華人民共和国でのコンサートを熱望していたものの、天安門事件で中華人民共和国の中国共産党政府に失望し、実際にそれが実現することはなかった。


←ここまで




「テレサ・テン」





からの引用でした。




台湾の国民的英雄といっても良い存在の人で、日本でも当時絶大なる人気を博した方でした。




そして、この「テレサ・テン」氏の歌を聴いていた時代の出来事とあわせて、肉まん父さんにとって忘れられない歌手の一人でもあります。




また、画像は、「音」が出ますので、「職場」などから、ごらんになっている方は、「ご注意」くださいね(ニコッ)。



つぐない


窓に西陽があたる部屋は
いつもあなたの匂いがするわ
ひとり暮らせば想いだすから
壁の傷も残したままおいておくわ

愛をつぐなえば別れになるけど
こんな女でも忘れないでね
優しすぎたあなたの
子供みたいなあなた
明日は他人同士になるけれど

心残りはあなたのこと
少し煙草もひかえめにして
過去に縛られ暮らすことより
   私よりも可愛い人探すことよ

愛をつぐなえば重荷になるから
この町を離れ暮らしてみるわ
お酒のむのもひとり
夢を見るのもひとり
あすは他人同士になるけれど

愛をつぐなえば別れになるけど
こんな女でも忘れないでね
優しすぎたあなたの
子供みたいなあなた
明日は他人同士になるけれど


つぐない(テレサ・テン)


タグ:つぐない
posted by 肉まん父さん at 07:46 | Comment(0) | TrackBack(0) | 思い出の名曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月22日

償い(つぐない)

償い(さだまさし)






  本日も当「肉まん父さんのゼロからお金を貯めよう(FX日記)」にお越し頂きありがとうございます。本当に感謝しております。これからも応援よろしくお願い致します。




償い(つぐない)




償い(つぐない)




あんまん母さんの影響で、




肉まん父さんも聴き始めた




「さだまさし」氏の曲の中で




印象に残っている曲の一つとして、




「償い(つぐない)」




というものがあります。




歌詞は次のとおりです。




償い

作詩・作曲:さだまさし


 月末になると ゆうちゃんは薄い給料袋の封も切らずに
 必ず横町の角にある郵便局へとび込んでゆくのだった
 仲間はそんな彼をみてみんな貯金が趣味のしみったれた奴だと
 飲んだ勢いで嘲笑っても ゆうちゃんはニコニコ笑うばかり

 僕だけが知っているのだ 彼はここへ来る前にたった一度だけ
 たった一度だけ哀しい誤ちを犯してしまったのだ
 配達帰りの雨の夜 横断歩道の人影に
 ブレーキが間にあわなかった 彼はその日とても疲れてた

  人殺し あんたを許さないと 彼をののしった
  被害者の奥さんの涙の足元で
  彼はひたすら大声で泣き乍ら
  ただ頭を床にこすりつけるだけだった
 
  それから彼は人が変わった 何もかも
  忘れて 働いて 働いて
  償いきれるはずもないが せめてもと
  毎月あの人に仕送りをしている


 今日ゆうちゃんが僕の部屋へ 泣き乍ら走り込んで来た
 しゃくりあげ乍ら 彼は一通の手紙を抱きしめていた
 それは事件から数えてようやく七年目に初めて
 あの奥さんから初めて彼宛に届いた便り

 「ありがとう あなたの優しい気持ちは とてもよくわかりました
  だから どうぞ送金はやめて下さい あなたの文字を見る度に
  主人を思い出して辛いのです あなたの気持ちはわかるけど
  それよりどうかもう あなたご自身の人生をもとに戻してあげて欲しい」
 
  手紙の中身はどうでもよかった それよりも
  償いきれるはずもない あの人から
  返事が来たのが ありがたくて ありがたくて
  ありがたくて ありがたくて ありがたくて
 
  神様って 思わず僕は叫んでいた
  彼は許されたと思っていいのですか
  来月も郵便局へ通うはずの
  やさしい人を許してくれて ありがとう
 
  人間って哀しいね だってみんなやさしい
  それが傷つけあって かばいあって
  何だかもらい泣きの涙が とまらなくて
  とまらなくて とまらなくて とまらなくて


インターネット百科事典には、次のように紹介されています。



ここから引用です。→


償い (さだまさし)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: ナビゲーション, 検索
「償い」(つぐない)は、1982年に発表されたシンガーソングライター・さだまさしのアルバム『夢の轍』(ゆめのわだち)の収録曲の一つで、知人の実話を元につくられた楽曲。作詩・作曲さだまさし、編曲渡辺俊幸。6分15秒。

のちに裁判での引用で話題となり、命の尊さ、犯した罪への償いを考えさせるため、運転免許更新の際の放映ビデオ内で使われているほか、交通キャンペーンにも使用されている。


[編集] 実話
この楽曲は、知人の実話を元に作られたものである。ただし曲中では、優しく真面目な心の持ち主である交通事故の加害者「ゆうちゃん」をメインに、それを見守る同僚の気持ちを歌詞にした物になっているが、実際にはさだの知人である被害者の奥さんの体験と事実を元に詩が作られている。(さだは、「ゆうちゃん」に該当する加害者とは会ってはいない)

さだの知人の女性が交通事故で伴侶を亡くした。加害者の男性は真面目な人らしく、毎月わずかずつではあるが賠償金を郵送してきていた。彼女は加害者の手書きの文字を見るたびに、事故の事や亡き夫を思い出しては辛い思いをしていた。事故から数年経ってもその送金は続き、知人は茶道の師範として経済的にも自立できていることから、「もうお金は送ってくれなくて結構です」と加害者に対して返事の手紙を書いた。しかし、被害者の許しの手紙を受け取ったはずの加害者は、償い続けるために翌月以降も送金を続けた。


[編集] 裁判での引用
2001年4月19日、東京・世田谷区の東急田園都市線において、2人の少年が銀行員の男性に対し車内で足が当ったと口論の末、三軒茶屋駅のホームで2人がかりで殴り、のちにくも膜下出血で死亡させるという事件が起きた。

傷害致死罪に問われた少年の判決公判が2002年2月19日、東京地裁で行われた際、2人は言葉では謝罪し、「自分という人間を根本から変えてゆきたい」などと述べたものの、事件自体は酔った被害者がからんできたことによる過剰防衛であると主張しており、反省の言葉を繰り返すだけで、裁判中の態度や発言から、真に事件について反省しているかどうか疑問な態度を繰り返していた。

判決公判の閉廷直前、山室惠裁判長が被告人2人に対し「さだまさしの『償い』という歌を聴いたことはありますか」と切り出し、「この歌のせめて歌詞だけでも読めば、なぜ君らの反省の弁が人の心を打たないか分かるでしょう」と異例の説諭を行い、反響を呼んだ。

さだまさしは新聞社の取材に対して、「法律で心を裁くには限界がある。今回、実刑判決で決着がついたのではなく、心の部分の反省を促したのではないでしょうか」とコメントしたうえで、「この歌の若者は命がけで謝罪したんです。人の命を奪ったことに対する誠実な謝罪こそ大切。裁判長はそのことを2人に訴えたかったのでは」と述べた。


←ここまで




「償い(さだまさし)」




からの引用でした。



詞を一度よんでから、曲を聴くと




いろいろな思いがこみ上げてくる曲です。




また、画像は、「音」が出ますので、「職場」などから、ごらんになっている方は、「ご注意」くださいね(ニコッ)。



償い

作詩・作曲:さだまさし


 月末になると ゆうちゃんは薄い給料袋の封も切らずに
 必ず横町の角にある郵便局へとび込んでゆくのだった
 仲間はそんな彼をみてみんな貯金が趣味のしみったれた奴だと
 飲んだ勢いで嘲笑っても ゆうちゃんはニコニコ笑うばかり

 僕だけが知っているのだ 彼はここへ来る前にたった一度だけ
 たった一度だけ哀しい誤ちを犯してしまったのだ
 配達帰りの雨の夜 横断歩道の人影に
 ブレーキが間にあわなかった 彼はその日とても疲れてた

  人殺し あんたを許さないと 彼をののしった
  被害者の奥さんの涙の足元で
  彼はひたすら大声で泣き乍ら
  ただ頭を床にこすりつけるだけだった
 
  それから彼は人が変わった 何もかも
  忘れて 働いて 働いて
  償いきれるはずもないが せめてもと
  毎月あの人に仕送りをしている


 今日ゆうちゃんが僕の部屋へ 泣き乍ら走り込んで来た
 しゃくりあげ乍ら 彼は一通の手紙を抱きしめていた
 それは事件から数えてようやく七年目に初めて
 あの奥さんから初めて彼宛に届いた便り

 「ありがとう あなたの優しい気持ちは とてもよくわかりました
  だから どうぞ送金はやめて下さい あなたの文字を見る度に
  主人を思い出して辛いのです あなたの気持ちはわかるけど
  それよりどうかもう あなたご自身の人生をもとに戻してあげて欲しい」
 
  手紙の中身はどうでもよかった それよりも
  償いきれるはずもない あの人から
  返事が来たのが ありがたくて ありがたくて
  ありがたくて ありがたくて ありがたくて
 
  神様って 思わず僕は叫んでいた
  彼は許されたと思っていいのですか
  来月も郵便局へ通うはずの
  やさしい人を許してくれて ありがとう
 
  人間って哀しいね だってみんなやさしい
  それが傷つけあって かばいあって
  何だかもらい泣きの涙が とまらなくて
  とまらなくて とまらなくて とまらなくて



償い(さだまさし)


posted by 肉まん父さん at 07:38 | Comment(2) | TrackBack(0) | 思い出の名曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月19日

親父の一番長い日

親父の一番長い日(さだまさし)






  本日も当「肉まん父さんのゼロからお金を貯めよう(FX日記)」にお越し頂きありがとうございます。本当に感謝しております。これからも応援よろしくお願い致します。




親父の一番長い日




親父の一番長い日




前回の





「関白失脚」




でご紹介した




「さだまさし」氏に




関しては、



あんまん母さん(妻)と知り合うまでは、



正直なところ、あまり良い印象は



もっていませんでした。



俗に言う「くわずぎらい」



というものです。



歌を聴いたこともないのに、



パッと見の第一印象



だけで



「なよっ」としている・・・



という印象を持っていました。



しかし、



あんまん母さんが、



あまりに多くの



さだまさし氏の



レコードなどを



持ち、



レコードプレーヤーで



曲を流すので、



自然と一緒に



聴くうちに、



第一印象が



間違っていたことに



気が付きました。



また、肉まん父さん自身、



少しずつ



年を重ねるごとに



「さだまさし」氏の



歌や人柄の良さに



気付いていくように



なりました。



今回は、



詞の内容を思わず



読んでしまう



歌を



ご紹介します。



「親父の一番長い日」



という歌です。



一度



歌詞を



読んでみてください。



親父の一番長い日



おばあちゃんは
夕餉の片付けを終えた時
弟は二階のゆりかごの中で
僕と親父は
街頭テレビのカラテ・チョップが
白熱した頃に
妹の誕生を知った
それから親父は
占いの本と辞書と
首っぴきで
実に一週間もかけて
妹のために
つまりはきわめて何事もない
ありふれた名前を見つけ出した
お七夜 宮参り
夫婦は自画自賛
可愛いい娘だと
はしゃぎ廻るけれど
僕にはひいき目に見ても
しわくちゃの失敗作品
やがて彼女を訪れる
不幸に胸を痛めた
兄貴として

妹の生まれた頃の我が家は
お世辞にも豊かな
状態ではなかったが
暗闇の中で何かをきっかけに
灯が見えることがある
そんな出来事だったろう
親思う心に勝る親心とやら
そんな訳で妹は
ほんのかけらも
みじめな思いをせずに育てられた
ただ顔が親父に似たことを除けば
七五三 新入学
夫婦は狂気乱舞
赤いランドセル背負ってか背負われてか
学校への坂道を
足元ふらふら下りてゆく
一枚のスナップが
今も胸に残ってる
兄貴として


我が家の血筋か妹も
足だけは早くて
学級対抗リレーの花形で
もっとも親父の応援のすごさに
相手が気おくれをして
随分助けられてはいたが
これも我が家の血筋か
かなりの演技派で
学芸会でも
ちゃんと役をもらった
親父の喜びは言うまでもない
たとえその役が
一寸法師の赤鬼の役であったにしても
妹 才気煥発
夫婦は無我夢中
反抗期を過ぎてお赤飯を炊いて
中学に入れば多少
女らしくなるかも知れぬと
家族の淡い期待あっさり
裏切られてがっかり
兄貴として

妹の初恋は高校二年の秋
相手のバレー部のキャプテンは
よくあるケース
結局言い出せる筈もなく
枯葉の如く散った
これもまたよくあるパターン
彼氏のひとりもいないとは情けないと
親父はいつも
笑い飛ばしてはいたが
時折かかる電話を
一番気にしていたのは
当の親父自身だったろう
危険な年頃と
夫婦は疑心暗鬼
些細な妹の言葉に揺れていた
今は我が家の一番幸せなひととき
も少しこのままいさせてと
祈っていたのでしょう
親子として


或る日ひとりの若者が
我が家に来て
“お嬢さんを僕に下さい”と言った
親父は言葉を失い
頬染めうつむいた
いつの間にきれいになった
娘を見つめた
いくつもの思い出が親父の中をよぎり
だからつい
あんな大声を出させた
初めて見る親父の狼狽
妹の大粒の涙
家中の時が止まった
とりなすお袋に
とりつく島も与えず
声を震わせて
親父はかぶりを振った
けれど妹の真実を見た時
目を閉じ深く息をして
小さな声で…
“わかった娘はくれてやる
そのかわり一度でいいうばって行く君を
君を殴らせろ”と言った
親父として

妹の選んだ男に間違いはないと
信じていたのもやはり親父だった
花嫁の父は静かに
娘の手をとり
祭壇の前にゆるやかに立った
ウェディング・ベルが
避暑地の教会に鳴り渡る時
僕は親父を見ていた
まぎれもない父親の
涙の行方を
僕は一生忘れないだろう
思い出かかえてお袋が続く
涙でかすんだ目の中に僕は
今までで一番きれいな妹と
一番立派な親父の姿を
刻み込もうとしていた
兄貴として
息子として


肉まん父さん自身は、この詞を



まるで、エッセイのように最後まで



一気に読んでしまいました。



いつか、娘達が



結婚するときには、



このような



シーンが



肉まん父さん家でも



みられるのでしょうか。




また、画像は、「音」が出ますので、「職場」などから、ごらんになっている方は、「ご注意」くださいね(ニコッ)。



そして、歌詞をご覧いただくと



わかるように「約10分」という



長い曲ですよ(ニコッ)。



親父の一番長い日



おばあちゃんは
夕餉の片付けを終えた時
弟は二階のゆりかごの中で
僕と親父は
街頭テレビのカラテ・チョップが
白熱した頃に
妹の誕生を知った
それから親父は
占いの本と辞書と
首っぴきで
実に一週間もかけて
妹のために
つまりはきわめて何事もない
ありふれた名前を見つけ出した
お七夜 宮参り
夫婦は自画自賛
可愛いい娘だと
はしゃぎ廻るけれど
僕にはひいき目に見ても
しわくちゃの失敗作品
やがて彼女を訪れる
不幸に胸を痛めた
兄貴として

妹の生まれた頃の我が家は
お世辞にも豊かな
状態ではなかったが
暗闇の中で何かをきっかけに
灯が見えることがある
そんな出来事だったろう
親思う心に勝る親心とやら
そんな訳で妹は
ほんのかけらも
みじめな思いをせずに育てられた
ただ顔が親父に似たことを除けば
七五三 新入学
夫婦は狂気乱舞
赤いランドセル背負ってか背負われてか
学校への坂道を
足元ふらふら下りてゆく
一枚のスナップが
今も胸に残ってる
兄貴として


我が家の血筋か妹も
足だけは早くて
学級対抗リレーの花形で
もっとも親父の応援のすごさに
相手が気おくれをして
随分助けられてはいたが
これも我が家の血筋か
かなりの演技派で
学芸会でも
ちゃんと役をもらった
親父の喜びは言うまでもない
たとえその役が
一寸法師の赤鬼の役であったにしても
妹 才気煥発
夫婦は無我夢中
反抗期を過ぎてお赤飯を炊いて
中学に入れば多少
女らしくなるかも知れぬと
家族の淡い期待あっさり
裏切られてがっかり
兄貴として

妹の初恋は高校二年の秋
相手のバレー部のキャプテンは
よくあるケース
結局言い出せる筈もなく
枯葉の如く散った
これもまたよくあるパターン
彼氏のひとりもいないとは情けないと
親父はいつも
笑い飛ばしてはいたが
時折かかる電話を
一番気にしていたのは
当の親父自身だったろう
危険な年頃と
夫婦は疑心暗鬼
些細な妹の言葉に揺れていた
今は我が家の一番幸せなひととき
も少しこのままいさせてと
祈っていたのでしょう
親子として


或る日ひとりの若者が
我が家に来て
“お嬢さんを僕に下さい”と言った
親父は言葉を失い
頬染めうつむいた
いつの間にきれいになった
娘を見つめた
いくつもの思い出が親父の中をよぎり
だからつい
あんな大声を出させた
初めて見る親父の狼狽
妹の大粒の涙
家中の時が止まった
とりなすお袋に
とりつく島も与えず
声を震わせて
親父はかぶりを振った
けれど妹の真実を見た時
目を閉じ深く息をして
小さな声で…
“わかった娘はくれてやる
そのかわり一度でいいうばって行く君を
君を殴らせろ”と言った
親父として

妹の選んだ男に間違いはないと
信じていたのもやはり親父だった
花嫁の父は静かに
娘の手をとり
祭壇の前にゆるやかに立った
ウェディング・ベルが
避暑地の教会に鳴り渡る時
僕は親父を見ていた
まぎれもない父親の
涙の行方を
僕は一生忘れないだろう
思い出かかえてお袋が続く
涙でかすんだ目の中に僕は
今までで一番きれいな妹と
一番立派な親父の姿を
刻み込もうとしていた
兄貴として
息子として


親父の一番長い日(さだまさし)



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2008年04月17日

関白失脚

関白失脚(さだまさし)






  本日も当「肉まん父さんのゼロからお金を貯めよう(FX日記)」にお越し頂きありがとうございます。本当に感謝しております。これからも応援よろしくお願い致します。




関白失脚




関白失脚




あんまん母さん(肉まんの妻)が大好きな歌手に




「ざたまさし」氏がいます。




過去には、「長崎」で行われるコンサートにも泊まりがけで何回か行っています。




肉まん父さん自身、過去に




大阪などで「さだまさし」氏のコンサートがあるのに




何回かつきそったことがあります。




「さだまさし」氏の




CDや書籍なども




いくつか所持しているのですが、




名曲が多いと思っています。




中でも、元気が出る歌を




気に入っています。




ひとつ




歌詞を




気に入っている




歌をご紹介いたします。




「関白失脚」




という歌です。




また、画像は、「音」が出ますので、「職場」などから、ごらんになっている方は、「ご注意」くださいね(ニコッ)。




関白失脚


お前を嫁に もらったけれど 言うに言えないことだらけ
かなり淋しい話になるが 俺の本音も聞いとくれ

俺より先に寝てもいいから 夕飯ぐらい残しておいて
いつもポチと二人 昨日のカレー チンして食べる
それじゃあんまり わびしいのよ
  忘れていいけど 仕事も出来ない俺だが
  精一杯がんばってんだよ 俺なりに それなりに

父さんみたいに なっちゃ駄目よと 
お前こっそり子供に言うが (知ってるぞ!) 
飯を食らっちゃ寝 起きてワイドショー見ちゃ寝
井戸端会議しちゃ寝 よく夜寝られるなぁ

ムダなダイエット ムダな体重計
本気でヤセたきゃ あんなに食べなきゃいいのに
それからあれだぞ テレフォンショッピング 
買い物ぐらい 体動かせ
  それぞれご不満も おありのことと思うが
  それでも家族になれて よかったと俺思ってるんだ


そして今日も君たちの笑顔 守る為に  
仕事という名の戦場へ行く
右に定期券 左に生ゴミ 
人は私を哀れだと言うけれど 俺には俺の幸せがある

君たちの幸せの為なら 死んでもいいと誓ったんだ
それだけは疑ってくれるな 心は本当なんだよ

  世の中思いどおりに 生きられないけれど
  下手くそでも一所懸命 俺は生きている

俺が死んだあと いつの日か  何かちょっと困った時にでも
そっと思い出してくれたなら きっと俺はとても幸せだよ

    がんばれ がんばれ がんばれ みんな
    がんばれ がんばれ がんばれ みんな・・・    
   
    がんばれ がんばれ がんばれ みんな
    がんばれ がんばれ がんばれ みんな・・・

    がんばれ

関白失脚(さだまさし)


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2008年04月15日

家に帰ろう

家に帰ろう(竹内まりや)





  本日も当「肉まん父さんのゼロからお金を貯めよう(FX日記)」にお越し頂きありがとうございます。本当に感謝しております。これからも応援よろしくお願い致します。




家に帰ろう




家に帰ろう(うちにかえろう)




肉まん父さんの義父は、家を飛び出すことがあります。




そして、肉まん父さんが町中(まちなか)で、義父を見つけ、追いついたときに、義父にかける言葉は、




「おとうさん、つかれたでしょう。家(うち)に帰りましょう。」




と声をかけます。




その際には、歌詞内容は全く関係がないのですが、なぜか「家に帰ろう(うちにかえろう)」という歌のタイトルが思い出されます。




「竹内まりや」氏のCDは何本か所持していて、この歌も好きな歌だからでしょうか。




この歌詞の




それならふたりここで暮らそう


100才になるまで





という部分は




高齢者の方々にとって




とても意味のある言葉だと思います。




また、画像は、「音」が出ますので、「職場」などから、ごらんになっている方は、「ご注意」くださいね(ニコッ)。




家に帰ろう(うちにかえろう)


恋するには遅すぎると
言われる私でも
遠いあの日に
迷い込みたい気分になるのよ
キスすることもなくなった
初恋のあなたが

嫌いになったわけじゃいないけど
素直になれないの
冷蔵庫の中で 凍りかけた愛を
温めなおしたいのに
見る夢が違う 着る服が違う
いちどは信じ合えたふたりなら

心帰る場所はひとつ
いつもの My sweet sweet home

幻だけの恋ならば
100回でもできる
それならふたりここで暮らそう
100才になるまで

居心地の良さに
決して甘えないで
やさしさも忘れないで
好きな歌違う 選ぶ絵も違う
でもいちばん私を知っている

見飽きたはずのあなたでも
いとしい My sweet sweet home
いつもの My sweet sweet home
いとしい My sweet sweet home



家に帰ろう(竹内まりや)



タグ:家に帰ろう
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2008年04月12日

精霊流し

精霊流し(グレープ)






  本日も当「肉まん父さんのゼロからお金を貯めよう(FX日記)」にお越し頂きありがとうございます。本当に感謝しております。これからも応援よろしくお願い致します。




精霊流し




日本の中の「九州地方」で、過去に肉まん父さんが沖縄県の次によく訪れたのは「長崎県」です。



あんまん母さんが九州地方で一番よく訪れたのは「長崎県」だそうです。




その長崎県には「精霊流し」というものが大々的に行われています。




インターネット百科事典で調べてみると、



ここから引用です。→



[編集] 概要
長崎市をはじめ、長崎県内各地でお盆に行われる伝統行事である。初盆を迎えた故人の家族らが、盆提灯や造花などで飾られた精霊船(しょうろうぶね)と呼ばれる船に故人の霊を乗せて、流し場と呼ばれる終着点まで運ぶ。

毎年8月15日の夕刻から開催され、爆竹の破裂音・鉦の音・掛け声が交錯する喧騒のなかで行われる。精霊船は山車を連想させる華美なものであり、見物客が集まる。「祭り」と誤解されることもあるが、あくまでも故人を追悼する仏教の行事である。

初盆でない場合は精霊船は作らず、わらを束ねた小さなこもに花や果物(供物)を包み、流し場に持っていく。精霊船や供物は、以前は実際に海へと流されていたが、長崎市では1871年(明治4年)に禁止された。精霊船も水に浮かぶような構造にはなっていない。現在でも島原市、西海市、松浦市、五島市などでは、実際に川面や海上に浮かべることもある。

長崎市には長崎くんちという祭りがあり、精霊船の造りはくんちの出しものの一つである曳物に似ている。 曳物は山車を引き回すことがパフォーマンスで行われており、精霊船をそれを真似て引き回すことが一部で行われている。 しかし、この行為は一般的には好ましい行為と見られておらず、警察も精霊船を回す行為には制止を行っている。

代表的な流し場である長崎市の大波止には、精霊船を解体する重機が置かれている。家族、親類らにより盆提灯や遺影、位牌など、家に持ち帰る品々が取り外され、船の担ぎ(曳き)手の合掌の中、その場で破壊される。遺族にとっては悲しい瞬間である。



←ここまで





「精霊流し」





からの引用でした。




心静かにいろいろなことを考えてみたいと思っています。




また、画像は、「音」が出ますので、「職場」などから、ごらんになっている方は、「ご注意」ください。




精霊流し


去年のあなたの想い出が
テープレコーダーから こぼれています
あなたのために お友達も
集まってくれました
二人でこさえたおそろいの
浴衣も今夜は一人で着ます
せんこう花火が見えますか 空の上から

約束通りに あなたの愛した
レコードも一緒に 流しましょう
そしてあなたの舟のあとを
ついてゆきましょう

私の小さな弟が 何にも知らずに
はしゃぎ廻って
精霊流しが華やかに始まるのです


あの頃あなたがつま弾いた
ギターを私が奏いてみました
いつの間にさびついた糸で
くすり指を切りました
あなたの愛した母さんの
今夜の着物は浅黄色
わずかの間に年老いて 寂しそうです

約束通りに あなたの嫌いな
涙は見せずに 過ごしましょう
そして黙って舟のあとを
ついてゆきましょう

人ごみの中を縫う様に
静かに時間が通り過ぎます
あなたと私の人生を かばうみたいに


精霊流し(グレープ)




posted by 肉まん父さん at 10:05 | Comment(0) | TrackBack(0) | 思い出の名曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月10日

秋桜(こすもす)

秋桜(山口百恵)



秋桜(さだまさし)






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秋桜(こすもす)




秋桜(こすもす)




今の季節は「春」です。




この「春」という時期に新たなスタートをきる人も多いと思っています。




たとえば、「入学」「入社」などもそのひとつです。




また、「春」に限らず




「結婚」ということも




人生の新たな




スタートとなります。




「結婚」という言葉には、




いろいろな思いがあるのですが、




今の肉まん父さんとしては、




「親」としての立場で、




「結婚」というものを




考えてみることがあります。




その際には、




秋の桜と書いて




秋桜(こすもす)




という歌が思い浮かびます。




「昭和」という時代のヒット曲でもあります。




もちろん、肉まん父さんが大好きなうたでもあります。




あと何年かしたら、肉まん父さんの「娘達」にも、この歌が似合うときがくるのでしょうか。




そして、肉まん父さんは「涙を流す」のでしょうか。




また、画像は、「音」が出ますので、「職場」などから、ごらんになっている方は、「ご注意」くださいね(ニコッ)。




秋桜(こすもす)


淡紅(うすべに)の秋桜(コスモス)が秋の日の
何気ない 陽溜(ひだま)りに揺れている
この頃 涙脆(なみだもろ)くなった母が
庭先でひとつ咳(せき)をする
縁側でアルバムを開いては
私の幼い日の思い出を
何度も同じ話 くりかえす
独り言みたいに 小さな声で
こんな小春日和の 穏やかな日は
あなたの優しさが 浸みて来る
明日(あした)嫁ぐ私に
苦労はしても
笑い話に時が変えるよ
心配いらないと笑った


あれこれと思い出をたどったら
いつの日も ひとりではなかったと
今更ながら我儘(わがまま)な私に
唇かんでいます
明日への荷造りに手を借りて
しばらくは楽し気にいたけれど
突然涙こぼし 元気でと
何度も何度もくりかえす母
ありがとうの言葉を
かみしめながら
生きてみます私なりに
こんな小春日和の 穏やかな日は
もう少しあなたの
子供でいさせてください



秋桜(山口百恵)





秋桜(さだまさし)


posted by 肉まん父さん at 07:26 | Comment(0) | TrackBack(0) | 思い出の名曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月08日

神田川

神田川(かぐや姫)






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神田川




肉まん父さんが生まれ育った家は内風呂がありませんでした。



そこで、毎日銭湯に行っていました。



毎日



ここから引用です。→



肉まん父さん自身の実家で、肉まん父さんが、今も思い浮かぶ情景は、夜、銭湯への行き帰りで見上げたときの「夜空」がきれいだったことを覚えています。





ただ、夏は「きれいだなぁ」で済んだのですが、冬などは「雪道」などで下駄などが「つるり」とすべって転び、せっかく温まったのに、また体が冷えてしまったこともありました。




その際には、銭湯に引き返して、事情を番台のおじちゃんやおばちゃんに説明して、「タダ」で入り直しさせていただいたこともあります。





懐かしいなぁ。






それらの実家や銭湯もすべて今は存在していません。




兵庫県南部大震災でなくなりました。




だから、あの懐かしい思い出や光景はすべて、肉まん父さんの「心」の中にだけ存在しています。





この思い出は子供時代の思い出ですから、今の家族はしる由(よし)もありません。




思い出したら、「なぜか」涙腺がゆるんできました。



←ここまで引用でした。




という2007年の6月に公開された




「本籍」




という記事内容からの引用通りの毎日でした。




その頃の情景が「神田川」という歌を聞くと思い出されます。




肉まん父さんにとって、




「神田川」という歌は




なつかしい




イメージのする大好きな歌のひとつです。




また、画像は、「音」が出ますので、「職場」などから、ごらんになっている方は、「ご注意」くださいね(ニコッ)。




神田川

  貴方は もう忘れたかしら
  赤い手拭い マフラーにして
  二人で行った 横丁の風呂屋
  「一緒に出ようね」って 言ったのに
  いつも私が 待たされた
  洗い髪が芯まで冷えて
  小さな石鹸 カタカタ鳴った
  貴方は 私の身体(カラダ)を抱いて
  「冷たいね」って 言ったのよ

  若かったあの頃 何も怖くなかった
  ただ貴方のやさしさが 怖かった


  貴方は もう捨てたのかしら
  二十四色の クレパス買って
  貴方が描いた 私の似顔絵
  「うまく描いてね」って 言ったのに
  いつもちっとも 似てないの
  窓の下には 神田川
  三畳一間の 小さな下宿
  貴方は 私の指先見詰め
  「悲しいかい」って 聞いたのよ

  若かったあの頃 何も怖くなかった
  ただ貴方のやさしさが 怖かった



神田川(かぐや姫)


タグ:神田川
posted by 肉まん父さん at 08:32 | Comment(0) | TrackBack(0) | 思い出の名曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月07日

なごり雪

なごり雪(イルカ)






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なごり雪




なごり雪




肉まん父さんの住んでいる地域は、日差しも少しずつ強くなり、昼には、暖かい風が吹く日もありますが、北国や山間部などで、ようやく雪が溶けてきたという地域では、「なごり雪」という曲に歌われる情景があてはまるところもあるのではないでしょうか。




肉まん父さんが若い頃によく聞いていた歌です。




肉まん父さん自身は、「雪国」に住んだことはないのですが、なぜか「雪国」という言葉を聞くと、この「なごり雪」という歌を思い出すことがありました。




そして、若い頃の「出会い」と「別れ」を思い出す歌でもあります。




また、画像は、「音」が出ますので、「職場」などから、ごらんになっている方は、「ご注意」くださいね(ニコッ)。




なごり雪


  汽車を待つ君の横で
  ぼくは時計を気にしてる
  季節外れの雪が降ってる
  「東京で見る雪はこれが最後ね」と
  さみしそうに君がつぶやく
  なごり雪も降る時を知り
  ふざけ過ぎた季節のあとで
  今 春が来て君はきれいになった
  去年よりずっときれいになった


  動き始めた汽車の窓に
  顔をつけて
  君は何か言おうとしている
  君のくちびるが「さようなら」と動くことが
  こわくて下を向いてた
  時が行けば 幼い君も
  大人になると 気付かないまま
  今 春が来て君はきれいになった
  去年よりずっときれいになった


  君が去ったホームに残り
  落ちてはとける 雪を見ていた
  今 春が来て君はきれいになった
  去年よりずっときれいになった

  去年よりずっときれいになった
  去年よりずっときれいになった


なごり雪(イルカ)


タグ:なごり雪
posted by 肉まん父さん at 08:06 | Comment(0) | TrackBack(0) | 思い出の名曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月05日

クリスマス・イブ

クリスマス・イブ(山下達郎)






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クリスマス・イブ




クリスマス・イブ




やはり、歌の好みというものは、それぞれの方が生きている時代の背景も大きな要素を持つようです。




たとえば、「平成」という時代に歌を親しんでいる、肉まん父さんの娘達などは、以前ご紹介した





「柔(やわら)」





という歌を聞いても、「いい、歌やね。」とは、言ってくれるのですが、さすがに、「勝つと思うな、思えば負けよぉ〜。」と実際に歌うことはしません。




なぜならば、「平成」という時代には、柔(やわら)の歌詞内容は、少しずれているような気がします。




しかし、同じ「昭和」の歌でも、




雨は夜更け過ぎに 雪へと変わるだろう




で始まる、「クリスマス・イブ」という歌は、肉まん父さんが持っているCDをデッキに入れ、曲にあわせて声を出して歌うことがあるようです。




やはり、若いうちは、このような甘いタッチの歌が好まれるのでしょうね(ニコッ)。




たしかに、発表されてから、20年以上にもなるのに、いまだにクリスマスなどには、よく聞きますね(ニコッ)。




また、画像は、「音」が出ますので、「職場」などから、ごらんになっている方は、「ご注意」くださいね(ニコッ)。




クリスマス・イブ




 雨は夜更け過ぎに 
 雪へと変わるだろう
 サイレント・ナイト 
 ホーリー・ナイト
 きっと君は来ない 
 一人きりのクリスマス・イヴ 
 Mu〜
 サイレント・ナイト 
 ホーリー・ナイト

 心深く秘めた思い 
 叶えられそうもない  
 心深く秘めた思い 
 叶えられそうもない

 街角にはクリスマス・トゥリー
 銀色のきらめき 
 Oh〜
 サイレント・ナイト 
 Oh〜〜
 ホーリー・ナイト
 
 雨は夜更け過ぎに
 雪へと変わるだろう 
 Oh〜
 サイレント・ナイト 
 Oh〜〜
 ホーリー・ナイト



クリスマス・イブ(山下達郎)


posted by 肉まん父さん at 10:45 | Comment(0) | TrackBack(0) | 思い出の名曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月04日

ふるさと(故郷)

ふるさと(夏川りみ)






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ふるさと(故郷)




ふるさと(故郷)




先日、相互リンクをして頂いている





「攻撃的FXで月100万円GET!」





の管理者様から次のコメントをいただきました。




ここから引用です。→




肉パパお久です。

わたくしは「ふるさと」を歌うと涙が出てしまいます。東京生まれでふるさとはないのに・・・

Posted by ○○○ at 2008年03月29日 23:20




←ここまで引用でした。




この管理者様には、ブログを立ち上げたり、ライブドアからseesaaに引っ越ししたり、それ以外でもいろいろとアドバイスをいただいたりとお世話になり、今現在も、この管理者様のブログやメルマガなどで勉強させて頂いていています。




最近、「思い出の名曲」として、肉まん父さんや身近な人たちが好きな歌をご紹介しています。




では、




思い出の名曲とは、




どのような曲のことでしょう?




人によって、いろいろな考え方や




解釈があると思います。




肉まん父さん自身の




「思い出の名曲」




という定義は、




「子や孫の世代になっても歌い継がれる歌」




という考え方をしています。




過去に




当「肉まん父さんのゼロからお金を貯めよう」




にて、ご紹介したいくつかの歌も




「子や孫の世代になっても歌い継がれる歌」




だと思っています。




今回ご紹介する




「ふるさと」




という歌も




日本の「童謡」ですが、




歌手として




誰が歌っている




から人気が出る、




という歌ではなく、




本当に




なつかしく




つい




口に出てしまう




という




歌ではないでしょうか。




たとえ、「場所」としての「ふるさと」というものを持たない人があっとしても、「心のふるさと」という情景は、誰の心の中にもあるはずだと、肉まん父さんは思っております(ニコッ)。




また、画像は、「音」が出ますので、「職場」などから、ごらんになっている方は、「ご注意」くださいね(ニコッ)。




ふるさと


兎(うさぎ)追いし かの山
小鮒(こぶな)釣りし かの川
夢は今も めぐりて、
忘れがたき 故郷(ふるさと)

如何(いか)に在(い)ます 父母
恙(つつが)なしや 友がき
雨に風に つけても
思い出(い)ずる 故郷

志(こころざし)を はたして
いつの日にか 帰らん
山は青き 故郷
水は清き 故郷


ふるさと(夏川りみ)


posted by 肉まん父さん at 06:45 | Comment(2) | TrackBack(0) | 思い出の名曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月03日

およげ!たいやきくん

およげ!たいやきくん(子門真人)






  本日も当「肉まん父さんのゼロからお金を貯めよう(FX日記)」にお越し頂きありがとうございます。本当に感謝しております。これからも応援よろしくお願い致します。




およげ!たいやきくん




およげ!たいやきくん




ある程度以上の年代の方にとって、




「およげ!たいやきくん」




と言えば、




「そうそう、あのタイヤキのうたね!」




「かなりヒットしていたみたいだね」




という記憶があるのではないでしょうか。




インターネット百科事典で





「およげ!たいやきくん」





というキーワードで検索すると




ここから引用です。→



およげ!たいやきくん

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

移動: ナビゲーション, 検索

およげ!たいやきくん

子門真人 の シングル

リリース 1975年12月25日(オリジナル盤)

1992年7月1日(8cmCD)

2008年3月5日(12cmCD)

ジャンル 童謡

レーベル キャニオンレコード

チャート最高順位

1位(オリジナル盤、オリコン)

57位(8cmCD、オリコン)

44位(8cmCD、COUNT DOWN TV)

22位(12cmCD、オリコン、COUNT DOWN TV)

およげ!たいやきくん

オムニバス の アルバム

リリース 1976年2月10日

ジャンル 童謡

レーベル キャニオンレコード

プロデュース -

チャート最高順位

1位(オリコン)

『およげ!たいやきくん』は、1975年にフジテレビの子供向けの番組『ひらけ!ポンキッキ』のオリジナルナンバーとして発表された童謡。作詞は高田ひろお、作曲・編曲は佐瀬寿一。

また、この曲が収録された同名のLPも発売された。本項では、シングル・LPの両方を扱う。

目次 [非表示]
1 概要
2 カバー・リメイク
3 ヒットがもたらした影響
4 関連曲
5 LP『およげ!たいやきくん』
5.1 収録曲
6 その他
7 関連項目
8 脚注



[編集] 概要
この曲は当初生田敬太郎が『ひらけ!ポンキッキ』の番組内で歌っていたものだが、生田が事故に遭遇し、当時テイチクに所属していた関係で、1ヶ月後に子門真人へ交代。

1975年12月25日にオリジナルのシングル盤(キャニオン CX-102)がキャニオンレコード(現・ポニーキャニオン)から子門の歌唱で発売され、オリコン史上初のシングルチャート初登場1位・11週連続1位となり、現在までにオリコン調べで450万枚以上(オリコンにカウントされない売り上げを含めると、実際は500万枚を超えているともいわれる)のレコード・CDを売り上げている。日本におけるシングル盤の売上記録としては未だに破られていない(2007年5月現在)。『不二家歌謡ベストテン』では1976年1月18日から13週連続1位となり、この記録は番組終了まで破られなかった。1976年の第9回全日本有線放送大賞特別賞、第5回FNS歌謡祭最優秀ヒット賞を受賞。

ヒットの要因としてはメロディの良さが挙げられる。このほか、明確に裏付ける資料はないが、成人層にアピールした以下のような理由が俗説として語られることがある。

歌詞が会社を辞めたいサラリーマンの気持ちを代弁していた。
国鉄の労働組合(国労・動労)が起こした「スト権スト」で出勤の足を奪われて自宅にいることを余儀なくされた会社員が、子どもと『ポンキッキ』を視聴したため、耳に入る機会が増えた。
同名のLP(キャニオン E-1025)も1976年2月10日に発売されオリコンチャート6週連続1位、売上50万枚を記録し、「THE BEST OF DETECTIVE CONAN 〜名探偵コナン テーマ曲集〜」に抜かれるまでは、アニメ・子供番組のコンピレーションアルバム売上記録歴代1位であった。

なお、オリジナル盤シングルのB面(LPのB面1曲目)はなぎら健壱の「いっぽんでもニンジン」(作詞:前田利博、作曲:佐瀬寿一)であった。当時子供たちにはむしろこちらの方が流行ったという説もある。子門・なぎら共に買い取り契約だったので、印税はごくわずか(子門は5万円、なぎらは3万円)しか入ってこなかった(その後、子門にはレコード会社から100万円と白いギターが1本贈られた)。なぎらは「いっぽんでもニンジン」はB面ではなく両A面だと主張している。

前述のとおり、買い取り契約としていた為に売上げに応じた印税は支払われなかった。 また、税金申告を行う際に区分を童謡として申告した為に物品税(1989年4月1日に廃止)も免除された。 この為、売上げは ほぼそのまま利益となり、キャニオンレコードが「およげ!たいやきくん」のヒット後に建てた新社屋は 「たいやきビル」の異名を取っている。
これに関してもなぎらは「あの玄関は俺(に本来回ってくるはず)の印税で建てた」とネタにしている。

1992年7月1日にシングルCD化(ポニーキャニオン PCDG-00041)され(ただし、B面は橘いずみの「またね」(作詞:金子政路、作曲:勝誠二)に変更)、1999年3月25日には「だんご3兄弟」のヒットのあおりを受けて再出荷され、23年ぶりにオリコンにチャートインした。

2008年3月5日にはギネスブックに、「日本で最も売れたシングル」として掲載された記念にオリジナル盤シングル同様「いっぽんでもニンジン」をB面にしたマキシシングル(ポニーキャニオン PCDG-00888)を発売、これには『ひらけ!ポンキッキ』で放送された同曲の映像を収めたDVDが付録に付いている。


[編集] カバー・リメイク
行進曲に編曲された「およげ!たいやきくんのマーチ」もシングル盤で発売された。

2000年6月21日には音頭に編曲された「正調 およげ!たいやきくん音頭」がシングルCDで発売。歌手は福本恵美。

2000年7月1日に発売されたアルバム「P-kies 20th Century New Trax」には、ピストン西沢のリミックスによるレゲエバージョンが収録されている。2001年3月1日にパラパラP-kiesにより「およげ!たいやきくん〜パラパラ2001〜」というユーロビートバージョンが発売された。

その他、田辺マモル(1997年2月発売。シングル)、BEGIN(2003年発売のアルバム「ビギンの一五一会58ドライブ」に収録)、トッポジージョ(1976年10月発売。声優不明。B面は「ビューティフル・サンデー」のカバー)、ロックバンドのムックらがカバーしている。童謡集などでは、水木一郎、宮内良、池田鴻なども歌っている。このうち、水木一郎の分については、コロムビアミュージックエンタテインメントから発売された童謡集CDに収録された。2006年5月31日発売のアルバム「まんぷくトランス」で松村邦洋がカバーした。

2007年9月26日に発売された「ガチャピン・ムックとアイドリング!!!」名義のシングル「ポンキッキ・メドレー2007」にも収録された。

変わったところでは、ザ・カミカゼによるディスコバージョンというのもある(B面は「黒ネコのタンゴ」のディスコバージョン)。


[編集] ヒットがもたらした影響
「およげ!たいやきくん」のヒットの影響からか、1976年はテレビ番組からのヒット曲が連発した。主な曲だけでも、「およげ!たいやきくん」と同じ『ひらけ!ポンキッキ』からは「パタパタママ」(歌:のこいのこ)、NHK『みんなのうた』からは「山口さんちのツトム君」(歌:川橋啓史、斎藤こず恵、その他)、TBS『おはよう720』からは「ビューティフル・サンデー」(歌:ダニエル・ブーン、田中星児、トランザム)、同じくTBSの『8時だョ!全員集合』からは「全員集合東村山音頭」(歌:ザ・ドリフターズ)らが次々とオリコンチャートの上位にランクインした。さらにはこうした子供向けの歌が売れる流れからか、愛唱歌の「四季の歌」(この曲も競作だったが、芹洋子のものがダントツで売れた)も大ヒットした。

藤子・F・不二雄原作の人気漫画『ドラえもん』では、ジャイアンのリサイタルで、山口百恵の「横須賀ストーリー」と一緒にこの曲をジャイアンが歌うシーンが漫画に見られた。

他には、たい焼き屋に行列ができる、たい焼き用の鉄板が売れるなどの社会的影響があった。また、各種キャラクター商品も発売された。


[編集] 関連曲

私の恋人、たいやきくん!(1976年、山本リンダ)

ガンバレ!たこやきちゃん(1976年、横山ノック)

およげジョーズ君(1976年、ザ・ジョーズ)

泳げカナヅチ君(1978年、大滝詠一。アルバム「NIAGARA CALENDAR '78」収録)

たいやきやいた(1984年、爆風スランプ)

MOTHER(1997年、PUFFY。歌いだしが「およげ!たいやきくん」と類似)

めざせタイヤキIII/IV(1998年、所ジョージ。シングル「トンカチ」収録)

泳げたいやき屋のおじさん(1999年、所ジョージ。アルバム「洗濯脱水」収録)

登れ!今川焼きくん(2002年、突然段ボール。アルバム「この世に無い物質」収録)

踊れ!たいやきくん(2002年、たいプリ)

チョイトでました たいやきくん(2002年、たいプリ)

[編集] LP『およげ!たいやきくん』

[編集] 収録曲
A面

およげ!たいやきくん(歌:子門真人)

いちばんロック(歌:前田雅子&ロイヤルナイツ)

ママの右手は魔法の手(歌:なぎら健壱)

てるてるぼうずがあるいたら(歌:竹田のぶあき)

ヤセタンとコロンタン(歌:のこいのこ、ムーンドロップス)

看板のうた(歌:菅沼宏)

コロちゃんの大旅行(歌:ロイヤルナイツ)

パンダがなんだ(歌:石川進)

B面

いっぽんでもニンジン(歌:なぎら健壱)

パンの唄(歌:シンガーズスリー)

傷だらけのぼく(歌:天知総子)

こびとになれたら(歌:ピコ)

雨もり寺のおしょうさん(歌:平野レミ、宍倉正信、サヴィーネ)

野菜畑の演奏会(歌:子門真人)

ぼくわるかった(歌:菅沼宏)

宇宙船地球号のマーチ(歌:ポンキッキ合唱団)

[編集] その他
シングル盤はオリコンの記録上、11週連続で週間売上10万枚(1万点)を達成している(1976年1月12日付〜1976年3月15日付)[1]。週間売上の最高は1976年2月16日付の72.3万枚。『オリコン・ウィーク The Ichiban』1999年3月29日号 p.17に1000枚単位でオリコン週間シングル売上の推移が記載されている。

バレーボールのレシーブの一つに、「およげ!たいやきくん」にちなんだ名前の「たい焼きレシーブ」というものがある。モントリオールオリンピックの全日本女子バレーボールチームが使った技として有名になった。

2000年、「およげ!たいやきくんJr.」というキャラクターの絵本「およげ!たいやきくんjr.―はじめてのかけっこごっこ」(原作・高田ひろお、絵・田島司 ISBN 4048836412)が発売された。

2000年発行の「20世紀デザイン切手第15集」で、切手の題材になった。

2003年、メディコムトイから発売されたKUBRICK(キューブリック)シリーズの「ポンキッキーズ21 シリーズ2」には、「およげ!たいやきくん」関連として「たいやきくん」「たいやきおじさん」のフィギュアがある。

2009年のギネスブックに、「日本で最も売れたシングル」として掲載されることになった。オリコンとしては、KinKi Kidsのデビュー作からのシングル連続1位記録に次ぐ2度目のギネス認定。



←ここまで引用でした。




というように爆発的なヒット曲だったようですね。




肉まん父さん自身、カセットテープに録音した「およげ!たいやきくん」を何回も聞き直した記憶がありますよ(ニコッ)。




肉まん父さんからのこの曲に対する一言としては、




その当時聞いていた方の子供や孫も歌うような曲だと思っています。




事実として、肉まん父さん家や親戚などの子供達は楽しんで歌っていましたね(ニコッ)。




また、画像は、「音」が出ますので、「職場」などから、ごらんになっている方は、「ご注意」くださいね(ニコッ)。




およげ!たいやきくん


まいにち まいにち ぼくらは てっぱんの
うえで やかれて いやになっちゃうよ
あるあさ ぼくは みせのおじさんと
けんかして うみに にげこんだのさ

はじめて およいだ うみのそこ
とっても きもちが いいもんだ
おなかの アンコが おもいけど
うみは ひろいぜ こころがはずむ
ももいろサンゴが てをふって
ぼくの およぎを ながめていたよ

まいにち まいにち たのしいことばかり
なんぱせんが ぼくのすみかさ
ときどき サメに いじめられるけど
そんなときゃ そうさ にげるのさ

いちにち およげば ハラペコさ
めだまも クルクル まわっちゃう
たまには エビでも くわなけりゃ
しおみず ばかりじゃ ふやけてしまう
いわばの かげから くいつけば
それは ちいさな つりばりだった
どんなに どんなに もがいても
ハリが のどから とれないよ
はまべで みしらぬ おじさんが
ぼくを つりあげ びっくりしてた

やっぱり ぼくは タイヤキさ
すこし こげある タイヤキさ
おじさん つばを のみこんで
ぼくを うまそに たべたのさ


およげ!たいやきくん(子門真人)



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2008年04月01日

青春時代

青春時代(森田公一とトップギャラン)






  本日も当「肉まん父さんのゼロからお金を貯めよう(FX日記)」にお越し頂きありがとうございます。本当に感謝しております。これからも応援よろしくお願い致します。




青春時代




青春時代




肉まん父さん自身が好きな歌は、数多くありますが、その中で、「テンポが良い」曲として、好きな歌は「青春時代」という歌です。




今までに歌った回数は、10回や20回ではすまないくらい何回も歌ったことがある曲ですよ。




ただ、義父や義母によると、「テンポが早すぎるので歌いにくい」と言われることがしばしばありますね(ニコッ)。




「あなた」はこの曲のテンポについては、どう思われますか?




肉まん父さんは、「テンポ」というよりも、「歌詞内容」について、「確かにそうだったなぁ」と「しみじみ」感じています。




肉まん父さんにも、「青春時代」という「時(とき)」もあったのですね(ニコッ)。




なつかしいなぁ




また、画像は、「音」が出ますので、「職場」などから、ごらんになっている方は、「ご注意」くださいね(ニコッ)。




青春時代


  卒業までの 半年で
  答えを出すと 言うけれど
  二人が暮した 歳月(トシツキ)を
  何で計れば いいのだろう
  青春時代が 夢なんて
  後からほのぼの 思うもの
  青春時代の 真ん中は
  道に迷っているばかり


  二人はもはや 美しい
  時代を過ぎて しまったか
  あなたは少女の 時を過ぎ
  愛に哀しむ 人になる
  青春時代が 夢なんて
  後からほのぼの 思うもの
  青春時代の 真ん中は
  胸に刺射すことばかり


  青春時代が 夢なんて
  後からほのぼの 思うもの
  青春時代の 真ん中は
  胸に刺射すことばかり


青春時代(森田公一とトップギャラン)


タグ:青春時代
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2008年03月31日

柔(やわら)

柔(美空ひばり)






  本日も当「肉まん父さんのゼロからお金を貯めよう(FX日記)」にお越し頂きありがとうございます。本当に感謝しております。これからも応援よろしくお願い致します。




柔(やわら)




柔(やわら)




今は亡き、肉まん父さんの実母が大好きだった歌手は「美空ひばり」という方です。




本当に「歌がうまい」といって、「ひばりちゃん」と呼んで、ラジオやテレビなどで「美空ひばり」氏の歌が聞こえてくると、手を止めて聞き入っていました。




「美空ひばり」氏が天国に召された時も「なんで、そんな若いのに死んでしまうの」と嘆いていたものでした。




その中でも、実母が気に入っていたのは、「柔(やわら)」という歌で、肉まん父さんにも、「お前もよく聞いておきなさい」と何回か言われた記憶がございます。




懐かしい歌ですね。




そういえば、昔は、何回も聴いた曲でしたね(ニコッ)。




なつかしいなぁ。




また、画像は、「音」が出ますので、「職場」などから、ごらんになっている方は、「ご注意」くださいね(ニコッ)。




柔(やわら)


勝つと思うな 思えば負けよ
負けてもともと この胸の
奥に生きてる 柔の夢が
一生一度を 一生一度を
待っている

人は人なり のぞみもあるが
捨てて立つ瀬を 越えもする
せめて今宵は 人間らしく
恋の涙を 恋の涙を
噛みしめる

口で言うより 手の方が早い
馬鹿を相手の 時じゃない
行くも住るも 座るもふすも
柔ひとすじ 柔ひとすじ
夜が明ける


柔(美空ひばり)




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2008年03月30日

こんにちは赤ちゃん

こんにちは赤ちゃん(梓みちよ)






  本日も当「肉まん父さんのゼロからお金を貯めよう(FX日記)」にお越し頂きありがとうございます。本当に感謝しております。これからも応援よろしくお願い致します。




こんにちは赤ちゃん




こんにちは赤ちゃん




義母はとても歌が好きです。




義母は肉まん父さん家の親戚でのグランドマザーとして、3世代下の「赤ちゃん」と出会うことがよくあります。




3世代下の赤ちゃんといえば、親から見れば、




親→子→孫→曾孫(ひまご)




で、曾孫(ひまご)の世代に当たります。




その際に、「こんにちは赤ちゃん」の歌を歌うことが好きです。




ただし、「ママ」というところを「ばぁば」と置き換えて・・・(ニコッ)。




肉まん父さんとしては、義母には、曾孫(ひまご)と言わず、玄孫(やしゃご)にも、この「こんにちは赤ちゃん」の歌を歌ってもらえるくらい長生きしてほしいと思っております。




ちなみに、玄孫(やしゃご)とは、曾孫(ひまご)の子供のことですよ(ニコッ)。




また、画像は、「音」が出ますので、「職場」などから、ごらんになっている方は、「ご注意」くださいね(ニコッ)。




こんにちは赤ちゃん(詞 永六輔・曲 中村八大)


こんにちは 赤ちゃん あなたの笑顔
こんにちは赤ちゃん あなたの泣き声
そのちいさな 手つぶらな瞳
はじめましてわたしがママよ

こんにちは 赤ちゃん あなたの生命(いのち) 
こんにちは 赤ちゃん あなたの未来に
この幸福が パパの希望(のぞみ)よ
はじめましてわたしが ママよ
ふたりだけの 愛のしるし
すこやかに美しく 育くそだてといのる

こんにちは 赤ちゃん お願いがあるの
こんにちは 赤ちゃん 時々はパパと 
ホラ ふたりだけの 静かな夜を
つくってほしいの おやすみなざい
おねがい 赤ちゃん
おやすみ赤ちゃん わたしがママよ



こんにちは赤ちゃん(梓みちよ)


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2008年03月29日

赤とんぼ

赤とんぼ(由紀さおり 安田祥子)






  本日も当「肉まん父さんのゼロからお金を貯めよう(FX日記)」にお越し頂きありがとうございます。本当に感謝しております。これからも応援よろしくお願い致します。




赤とんぼ




赤とんぼ




肉まん父さん家で、義父と一緒にいるときは、「歌」をまわりのみんなで歌うことがよくあります。




その際によく歌われる歌が「赤とんぼ」という歌です。




特に娘達がよく歌います。




義父も「うれしそう」な表情で「赤とんぼ」を歌います。




今日も「みんなそろっている」ことを感じる「幸せなひととき」でもあります。




この「赤とんぼ」という童謡は、日本にずっと過ごしている、つまり日本で生まれ育った人には多く知られている曲だと思っています。





「赤とんぼ」





というキーワードで調べてみると、




ここから引用です。→


童謡「赤とんぼ」

「赤とんぼ」(作詞 : 三木露風、作曲 : 山田耕筰)は、日本の代表的な童謡の一つである。三木が1921年(大正10年)に、彼の故郷である兵庫県龍野町(現在のたつの市)で過ごした子供の頃の郷愁から作ったといわれ、童謡集「眞珠島」に発表された。その後、1927年(昭和2年)に山田が曲をつけた。秋の夕暮れの美しい風景を、抒情感あふれるメロディーで奏でている。2007年(平成19年)に日本の歌百選の1曲に選ばれた。


←ここまで引用でした。




とありました。




あなたも、なつかしい「赤とんぼ」を一緒に歌ってみませんか(ニコッ)。




また、画像は、「音」が出ますので、「職場」などから、ごらんになっている方は、「ご注意」くださいね(ニコッ)。




赤とんぼ


夕焼小焼の、赤とんぼ
負われて見たのは、いつの日か

山の畑の、桑(くわ)の実を
小籠(こかご)に摘んだは、まぼろしか


十五で姐(ねえ)やは、嫁に行き
お里のたよりも、絶えはてた

夕焼小焼の、赤とんぼ
とまっているよ、竿(さお)の先


赤とんぼ(由紀さおり 安田祥子)



タグ:赤とんぼ
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2008年03月28日

世界に一つだけの花

世界に一つだけの花(SMAP)






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世界に一つだけの花




世界に一つだけの花




肉まん父さんと違い、肉まん父さん家の子供達は、「平成」という時代に生まれ育ちました。




ですので、肉まん父さんのように「昭和」という時代に生まれ育った者とは、歌の好みなども、少し違っているようです。




正直なところ、「平成」という時代に発表された歌については、今のところ、肉まん父さんはあまりくわしくないので、子供達にいろいろと教えてもらうこともあります。




その「平成」という時代の歌で、肉まん父さんも、子供達も共通して大好きな歌があります。




そのひとつが「世界に一つだけの花」というものです。




初めて聞いたときは、「なにか、ほわ〜ん」としたような気分になったことを覚えています。




「昭和」という時代にはなかった感覚を歌った歌でもあるようですね(ニコッ)。




また、画像は、「音」が出ますので、「職場」などから、ごらんになっている方は、「ご注意」くださいね(ニコッ)。




世界に一つだけの花


 No.1にならなくても いい
 もともと特別な Only one

 花屋の店先に並んだ
 いろんな花を見ていた
 人それぞれ 好みはあるけれど
 どれもみんな きれいだね
 この中で誰が一番だなんて
 争うこともしないで
 バケツの中 誇らしげに
 しゃんと胸を張っている

 それなのに 僕ら人間は
 どうしてこうも比べたがる?
 一人一人違うのに その中で
 一番になりたがる?

 そうさ 僕らは 世界に一つだけの花
 一人一人違う種を持つ
 その花を咲かせることだけに
 一生懸命になればいい  困ったように 笑いながら
 ずっと迷ってる人がいる
 頑張って咲いた花はどれも
 きれいだから仕方ないね
 やっと店から出てきた
 その人が抱えていた
 色とりどりの花束と
 嬉しそうな横顔

 名前も知らなかったけれど
 あの日僕に笑顔をくれた
 誰も気付かないような場所で
 咲いてた花のように

 そうさ 僕らも 世界に一つだけの花
  一人一人違う種を持つ
 その花を咲かせることだけに
 一生懸命になればいい

 小さい花や 大きな花 一つとして
    (小さい花 大きな花)
 同じものはないから
 No.1にならなくても いい
 もともと特別な Only one

 ララーラ ラーララ ラーララ ラーララ・・・・・ 



世界に一つだけの花(SMAP)


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2008年03月27日

少年時代

少年時代(井上陽水1992)






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少年時代




少年時代




昨晩、肉まん父さんが風呂に入っていたときに、ホイップ(肉まん父さんの娘のことです)が、「おとうさん、聞いてぇ〜」と言って風呂場のドアを開け、「少年時代」という歌を歌い出しました。




その後ろで、くりぃむ(長女)がピアノ伴奏をしています。




この歌は、肉まん父さんが好きな歌でもあります。




1992年に発表された「井上陽水」という歌手の大ヒット曲でもあります。




ただ、子供達の前では、肉まん父さん自身の過去についての話はあまりしていないので、なぜ急にこの歌を子供達が歌ったのかはわかりません(ニコッ)。




ひょっとしたら、あんまん母さん(肉まん父さんの妻)から、何か聞いたのかもしれませんね(ニコッ)。




とにかく「ビックリ」しながらも、子供達が歌う「少年時代」を久し振りに聞きながら、「少年時代の情景」を思い出していた肉まん父さんでした。




また、画像は、「音」が出ますので、「職場」などから、ごらんになっている方は、「ご注意」くださいね(ニコッ)。




少年時代


  夏が過ぎ 風あざみ
  だれの憧れにさまよう
  青空に残された 私の心は夏もよう

  夢が覚め 夜の中 長い冬が
  窓を閉じて 呼びかけたままで
  夢はつまり 想い出の後先(アトサキ)

  夏祭り 宵かがり 胸の高鳴りに合わせて
  八月は 夢花火 私の心は夏もよう
  Um Um Um Um Um----m---


  目が覚めて 夢のあと 長い影が
  夜に伸びて 星屑の空へ
  夢はつまり 想い出の後先

  夏が過ぎ風あざみ だれの憧れにさまよう
  八月は 夢花火 私の心は夏もよう
  Um Um Um-- Um----m-----


ついこの前の歌だと思っていたら、発表されてから16年目になるのですね(ニコッ)。



少年時代(井上陽水1992)


タグ:少年時代
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2008年03月26日

上を向いて歩こう

上を向いて歩こう(坂本 九)






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上を向いて歩こう




上を向いて歩こう





つらい時などに、自分自身をはげますような言葉がほしいときがあります。





肉まん父さんにとって、そういう時に口からでるのは、「上を向いて歩こう」という歌です。




インターネット百科事典で





「上を向いて歩こう」





を調べると




ここから引用です。→



上を向いて歩こう

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

移動: ナビゲーション, 検索

この項目では坂本九が歌った曲について記述しています。その他の用法については上を向いて歩こう (曖昧さ回避)をご覧ください。

上を向いて歩こう(うえをむいてあるこう、別名:スキヤキ、SUKIYAKI)は、坂本九の大ヒット曲。作詞は永六輔、作曲は中村八大、プロデューサーは草野浩二。ビルボード(Billboard)誌では、1963年6月15日に、週間ランキング第1位を獲得。ビルボード誌1963年年間ランキングでは、第10位。後に数多くのアーティストによってカヴァーされ、いまだに外国人によるモノマネのネタにもされる。現在でも根強いファンが多い。坂本逝去のメモリアルソングとしてもよく用いられる。


←ここまで引用でした。




他の人はどうなのかはわかりませんが、少なくとも肉まん父さんにとっては、「つらいときの励まし」となるような名曲の一つです(ニコッ)。




また、画像は、「音」が出ますので、「職場」などから、ごらんになっている方は、「ご注意」くださいね(ニコッ)。




上を向いて歩こう



上を向いて 歩こう
涙が こぼれないように
思い出す 春の日
一人ぼっちの 夜

上を向いて 歩こう
にじんだ 星をかぞえて
思い出す 夏の日
一人ぼっちの 夜

幸せは 雲の上に
幸せは 空の上に

上を向いて 歩こう
涙が こぼれないように
泣きながら 歩く
一人ぼっちの 夜

「口笛。。。」

思い出す 秋の日
一人ぼっちの 夜

悲しみは 星のかげに
悲しみは 月のかげに
上を向いて 歩こう
涙が こぼれないように

泣きながら 歩く
一人ぼっちの 夜

一人ぼっちの 夜


上を向いて歩こう(坂本 九)


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2008年03月25日

学生時代

学生時代(ペギー葉山1965)



学生時代(ペギー葉山)






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学生時代




学生時代




今は、ただの「おやじ」として、ブログやホームページの記事をUPしている肉まん父さんにも「学生時代」はありました。




そして、肉まん父さん自身の学生時代によく歌っていた歌も「学生時代」です。




当時の「親友=悪友」とも、飲みながら、この歌を歌ったこともありました。




そのときには、これから来る未来に対しての「不安」と「希望」をかかえながら、歌っていたように思います。




また、当時一緒に毎日を過ごしていた友人達も、いまは、それぞれの家庭での「おやじ」や早い者では、「じいじ」、そして不幸にして先に「天国」で待つようになった者もいます。




今では、考えられないような、「無茶」なことを考えたり、実行したりという「学生時代」でした。




そして、今回ご紹介する「学生時代」を歌うときには、若い頃によく利用した「ユースホステル」という施設を思い出します。




最近は、「ユースホステル」を利用していないので、どのような変化があるかはわかりません。




また、ご存じの方は教えていたらと思っております。




そういうことを思い出しながら、SF小説ではないですが、今ここに「タイムマシン」というものがあれば、「学生時代」に戻ってみたいと思う肉まん父さんでした。




今現在は、普段は「年賀状のやりとり」くらいしか、交流はありませんが、旧友に何年かぶりに出会うと、なぜか「学生時代」にもどったような「錯覚」を感じます(ニコッ)。




今後、かっての「友人」たちと逢うことがあれば、この「学生時代」をともに、歌ってみたいと思っています。




また、画像は、「音」が出ますので、「職場」などから、ごらんになっている方は、「ご注意」くださいね(ニコッ)。




学生時代


つたの絡(から)まるチャペルで
祈りを捧(ささ)げた日
夢多かりし あの頃の
思い出をたどれば
懐(なつ)かしい友の顔が
一人一人 うかぶ
重いカバンを抱(かか)えて
通(かよ)ったあの道
秋の日の図書館の
ノートとインクの匂い
枯葉の散る窓辺 学生時代


讃美歌を歌いながら
清い死を夢見た
何の よそおいもせずに
口数も少なく
胸の中に秘めていた
恋への憧(あこが)れは
いつも はかなく破れて
一人書いた日記
本棚に目をやれば
あの頃読んだ小説
過ぎし日よ わたしの学生時代


ロウソクの灯(ひ)に輝く
十字架をみつめて
白い指を組みながら
うつむいていた友
その美しい横顔
姉のように慕(した)い
いつまでもかわらずにと
願った幸せ
テニスコート
キャンプファイヤー
懐かしい日々は帰らず
すばらしいあの頃 学生時代


学生時代(ペギー葉山1965)





学生時代(ペギー葉山)


タグ:学生時代
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2008年03月24日

青い山脈

青い山脈(藤山一郎)





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青い山脈




青い山脈




やはり、肉まん父さんが生まれ育った「昭和時代」というものを振り返ってみると、流行の歌として、脳裏に浮かび上がるのは、




「青い山脈」




という歌です。




ここから引用です。→


青い山脈

肉まん父さんが大好きな歌で、よく口ずさみ、過去に「カラオケ」というところに、行ったときには、歌ったことがある歌をご紹介します。

青い山脈
【作詞】西條 八十
【作曲】服部 良一

1.若くあかるい 歌声に   
雪崩は消える 花も咲く   
青い山脈 雪割桜   空のはて   
今日もわれらの 夢を呼ぶ

2.古い上衣よ さようなら   
さみしい夢よ さようなら   
青い山脈 バラ色雲へ   あこがれの   
旅の乙女に 鳥も啼く

3.雨にぬれてる 焼けあとの   
名も無い花も ふり仰ぐ   
青い山脈 かがやく嶺の   なつかしさ   
見れば涙が またにじむ

4.父も夢見た 母も見た   
旅路のはての その涯の   
青い山脈 みどりの谷へ   旅をゆく   
若いわれらに 鐘が鳴る


という歌ですが、


・・・中略・・・


肉まん父さん自身が、とくに好きなフレーズは

ふぅるぅい〜うわぎよさようなら〜

さみしいぃ〜ゆめよ、さようならぁ〜

という部分です。

なつかしいぁ。


背景


青い山脈(あおいさんみゃく)は石坂洋次郎原作の日本映画である。1949年・1957年・1963年・1975年・1988年の5回製作されたが最も名高いのは1949年の今井正監督作品である。主題歌の『青い山脈』は日本映画界に於いて名曲中の名曲ともいえる作品で、過去の映画を紹介する番組などでは定番ソングともなっている。この為、映画を見たことが無い人でも歌だけは歌える人が多い。また作中のラブレターで「戀(恋)しい戀しい」というところを「變(変)しい變しい」と誤記してしまうエピソードは名高い。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


詩人西條八十氏が、映画「青い山脈」の主題歌の歌詞を書いたのは、1948(昭和23)年10月のことです。

肉まん父さんが好きな ふぅるぅい〜うわぎよさようなら〜 さみしいぃ〜ゆめよ、さようならぁ〜

という部分は、その当時の人々の希望などがこもっています。

軽快で明るいメロディーに仕上げた服部良一氏のセンスも素晴らしすぎます。

物語の舞台は東北なので、東北の山並みから曲想を得たと思われがちなのですが、

実際には、服部氏は六甲山をみながら作曲したそうである(筒井清忠「西條八十」による)。

大阪から京都へ向かう時、遠くに六甲山が見えました。

空は晴れて美しかったのです。

見つめるうち、にわかに、あの弾むようなメロディーがわいてきたといいます。

買い出しの人たちで、車内は満員だったから、五線紙を広げる余裕すらありません。

仕方なく手帳に書き込んでいき、 最後の一節を書き終えた時、京都駅に着いたそうです。

こうしてできあがった歌の力は大きく、当時、映画のラストシーンで主題歌が流れると、観客が合唱したいう話まで残っているようです。

筒井氏の本には、映画の封切り日、淡路から神戸へやって来た少年の話があります。

2007年に亡くなった作詞家「阿久悠」氏でのことです。

その当時の12歳の阿久悠少年の心にも、「ふぅるぅい〜うわぎよ〜」から社会の雰囲気が伝わってきたと、阿久氏は後に書いています。

戦後の混乱は続いていたのですが、湯川秀樹博士のノーベル物理学賞受賞(1949年)という日本人で初めてのノーベル賞受賞など、

雲間から日差しが差し込んでもいるような時代でした。

湯川秀樹博士→ 1934年、中間子理論構想を発表、1935年、「素粒子の相互作用について」を発表 中間子の存在を予言する。この研究が評価され、1940年学士院恩賜賞受賞、1943年最年少で文化勲章受章。さらに1949年、ノーベル物理学賞受賞した。これは日本人として初めてのノーベル賞受賞であり、このニュースは敗戦・占領下で自信を失っていた日本国民に大きな力を与えたとされ、フィーバーを巻き起こした。
               出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

こうしてできた作詞家西條八十氏と作曲家服部良一氏の歌は、このような戦後間もない時代の息づかいとぴったり合ったから多くの人に受け入れられ、愛されたのだと思います。


←ここまで





「青い山脈」





からの一部引用でした。




また、画像は、「音」が出ますので、「職場」などから、ごらんになっている方は、「ご注意」くださいね(ニコッ)。



青い山脈(藤山一郎)


タグ:青い山脈
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2008年03月23日

地上の星

地上の星(中島みゆき)






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地上の星




地上の星




肉まん父さんは、ブログやホームページの運営をするにあたり、「息の長い運営がしたい」と思っています。




具体的にいえば、ブログやホームページをたちあげて、一年や二年で閉鎖するようなサイト運営はしたくなかったですね。




おかげさまで、「肉まん父さん」という管理者名ではじめたブログやホームページのサイト運営は、「細く長く」つづけていくことができそうです。




これも「読者様」のおかげであると感謝しております。




長く続けているという意味では、「中島みゆき」というシンガーソングライターにも肉まん父さんは注目しています。




何に注目しているかと言えば、「ふるえ」が来るほど、息が長いという点に注目しています。





「中島みゆき」





というキーワードで検索すると




ここから引用です。→



中島みゆき

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

移動: ナビゲーション, 検索

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中島 みゆき

基本情報

出生名 中島 美雪

出生日・地 1952年2月23日(56歳)

学歴 藤女子大学 文学部国文学科 卒

出身地 日本・北海道札幌市

ジャンル フォークソング

ニューミュージック

職業 シンガーソングライター

ラジオパーソナリティ

活動期間 1975年〜

レーベル ポニーキャニオン

ヤマハミュージックコミュニケーションズ

事務所 ヤマハミュージックアーティスト

公式サイト でじなみ

表・話・編・歴

中島 みゆき (なかじま みゆき、本名:中島美雪、1952年2月23日 - ) は、北海道札
幌市出身のシンガーソングライター、ラジオパーソナリティ。1975年にシングル『アザミ嬢のララバイ』でデビュー。暗く重い作風とラジオ番組などでの明るい語り口とのギャップで1980年代前半に大きな人気を博し、現在も根強い支持を受け続けている、日本を代表する女性シンガーソングライターの一人。


オリコンで4つの年代に渡ってシングルチャート1位を獲得した(1970年代:わかれうた、1980年代:悪女、1990年代:空と君のあいだに、旅人のうた2000年代:地上の星)唯一のソロ・アーティストでもある。


←ここまで引用でした。




に紹介されているように、40年もの間にわたって、シングルチャート1位を獲得した唯一のソロ・アーティストという部分に注目しています。




40年間、トップアーティストでいることは「どれだけすごい」ことか、これはそれだけなにかあることに打ち込んでいる人でないとわからない感覚かもしれません。




特に数年前に発表された「地上の星」という歌には、肉まん父さん自身、「ふるえ」がきました。




正直なところ、肉まん父さんには、「中島みゆき」氏は、「昭和」という時代の偉大な「アーティスト」というイメージを持っていたのですが、「平成」という新しい時代では、「昭和」の時代ほど、受け入れられないのではないか、またある程度、「ベテラン」の域になってきたので、「陰の大物」という存在感を示していくようになるのではないか、と思っていたのです。




だから、「地上の星」を初めて聞いたときには・・・、




まだ「中島みゆき」氏には、ここまでのパワーが残っていたのだ、という思いで「感動」していたものでした(本当にスゴイ、生涯現役!)。




ぜひとも、再来年からスタートする2010〜2020年の間にも、1位を獲得して50年にわたってシングルチャート1位を獲得してほしいと思っています。




また、肉まん父さん自身、中島みゆき氏を見習って、一年でも長く、ブログやホームページの運営を続けていきたいと思っています(ニコッ)。




では、肉まん父さんが初めて聞いたときに「ふるえ」た「中島みゆき」氏の「地上の星」をご紹介いたします。




また、画像は、「音」が出ますので、「職場」などから、ごらんになっている方は、「ご注意」くださいね(ニコッ)。




地上の星


風の中のすばる
砂の中の銀河
みんな何処へ行った 見送られることもなく
草原のペガサス
街角のヴィーナス
みんな何処へ行った 見守られることもなく
地上にある星を誰も覚えていない
人は空ばかり見てる
つばめよ高い空から教えてよ 地上の星を
つばめよ地上の星は今 何処にあるのだろう


崖の上のジュピター
水底のシリウス
みんな何処へ行った 見守られることもなく
名立たるものを追って 輝くものを追って
人は氷ばかり掴む
つばめよ高い空から教えてよ 地上の星を
つばめよ地上の星は今 何処にあるのだろう


名立たるものを追って 輝くものを追って
人は氷ばかり掴む
風の中のすばる
砂の中の銀河
みんな何処へ行った 見送られることもなく
つばめよ高い空から教えてよ 地上の星を
つばめよ地上の星は今 何処にあるのだろう


地上の星(中島みゆき)

タグ:地上の星
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2008年03月22日

リンゴの歌

リンゴの歌(並木路子)






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リンゴの歌




リンゴの歌




最近、肉まん父さん家では、義母が孫(肉まん父さんの娘)達に、将来のことを考え、いろいろな料理について「おばあちゃんの味」を伝授しようとしてくれています。




特に「おいしい出汁(だし)」のとりかたについては、口酸っぱく(くちすっぱく)教えてくださっていることには、本当に感謝しています。




こういう形で、「家庭の味」が「伝承」されていくのですかね(ニコッ)。



孫達に対して、義母が時々、口ずさむ歌があります。




リンゴの歌です。




肉まん父さん自身、この歌が大好きで、聞けば、なにかなつかしくなるような、とても良い唄です。




この歌がうたわれた時代の背景として、戦後の「自由」と「将来への希望」というものもあると思います。




義母自身も「神戸大空襲」のおりに、いまだにのこる「傷(ある小さな障害)」を持っています。




肉まん父さんの娘達が小さい頃に「おばあちゃん、これはどうしたの?」と聞いたときに、「あぁ、これはねぇ、おばあちゃんが、若い頃に神戸大空襲というのがあって、その時にこうなったんだよぉ。」と伝えていたことが、いまだに脳裏に残っています。




身をもって、未来の世代に「戦争の怖さ」を伝えているわけです。




話が暗くなりましたね。




気を取り直して、「あなた」も、肉まん父さん家のみんなが大好きな「リンゴの歌」を一緒に歌ってみませんか(ニコッ)。




ご存じない方もおられるかもしれませんので、ご紹介いたします。




また、画像は、「音」が出ますので、「職場」などから、ごらんになっている方は、「ご注意」くださいね(ニコッ)。




リンゴの歌


1.赤いリンゴに 口びるよせて
  だまってみている 青い空
  リンゴはなんにも 云わないけれど
  リンゴの気持ちは よくわかる
  リンゴ可愛や 可愛やリンゴ

2.あの娘よい子だ 気立のよい子
  リンゴよく似た 可愛い娘
  どなたがいったか うれしい噂
  軽いクシャミも とんで出る
  リンゴ可愛や 可愛やリンゴ

3.朝のあいさつ 夕べのわかれ
  愛しいリンゴに ささやけば
  言葉は出さずに 小くびをまげて
  明日もまたねと 夢みがお
  リンゴ可愛や 可愛やリンゴ

4.歌いましょうか リンゴの歌を
  二人で歌えば なおたのし
  皆で歌えば なおなおうれし
  リンゴの気持ちを 伝えよか
  リンゴ可愛や 可愛やリンゴ


リンゴの歌(並木路子)


タグ:リンゴの歌
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2008年03月21日

時代

時代(中島みゆき1975)



時代(薬師丸ひろ子)



時代(徳永英明)





  本日も当「肉まん父さんのゼロからお金を貯めよう(FX日記)」にお越し頂きありがとうございます。本当に感謝しております。これからも応援よろしくお願い致します。




時代




時代




思い出は「時代」とともにある。




肉まん父さんは、かっては、「少し古い通貨(お金のことです)」や「記念切手」、「記念コイン」などを収集するのが趣味でした。




また、「将来大きな価値が出て、高く売れるぞぉ〜。」




という「いやらしい」考えもありました(ニコッ)。




たとえば、まっさらの「百円札」を約100枚くらいや、いろいろな「切手シート」などを何冊かの収集用のBOOKに貯めていました。




しかし、今は一切収集していません。




無駄だとわかったからです。




ほとんどのものを、1995年の





「阪神・淡路大震災」





で失ったからです。




「形あるものはいつかはこわれる」




「かたちあるものはいつかはなくなる」




という「当たり前」の現実を身をもって知りました。




また、その当時は、それどころではない状況だったのです。




そして、数年たち、「あっ、そういえば、収集していたあれらのものを、売ればかなりのお金になっただろうなぁ」と思うことはあっても、あの「大震災」以来、いつ何時(なんどき)、どのようなことが起こるかもしれない、と思うことのほうが強くなってきました。




今は




「記憶」




にすべて残しておこう




「それぞれの時代の記憶」




に残しておこう、と思うようになったのです。




それ以来、肉まん父さん家では、将来のために残しているのは、「子供達」関係のものだけといっても良いくらいになりました。




そういえば、





「阪神・淡路大震災」





のあと数ヶ月がたち、肉まん父さんに「音楽」を聞く余裕が出てきたときに、よく聞いたのが「時代」という歌です。




そのときには、「歌詞」をなぞるように聞いていたことを思い出します。




「大震災」で親を失ったときは、本当に悲しかったものですよ(哀)。




なお、歌詞は画像内に出てきますが、念のためにご紹介いたします。




また、画像は、「音」が出ますので、「職場」などから、ごらんになっている方は、「ご注意」くださいね(ニコッ)。




時代


今はこんなに悲しくて
涙もかれ果てて
もう二度と笑顔には
なれそうもないけど


そんな時代もあったねと
いつか話せる日が来るわ
あんな時代もあったねと
きっと笑って話せるわ
だから今日はくよくよしないで
今日の風に吹かれましょう
まわるまわるよ 時代はまわる
喜び悲しみ繰り返し
今日は別れた恋人たちも
生まれ変わって めぐりあうよ


旅を続ける人々は
いつか故郷に出会う日を
たとえ今夜は倒れても
きっと信じてドアを出る
たとえ今日は果てしもなく
冷たい雨が降っていても
めぐるめぐるよ 時代はめぐる
別れと出会いを繰り返し
今日は倒れた旅人たちも
生まれ変わって歩き出すよ


まわるまわるよ 時代はまわる
別れと出会いを繰り返し
今日は倒れた旅人たちも
生まれ変わって歩き出すよ
今日は倒れた旅人たちも
生まれ変わって歩き出すよ



時代(中島みゆき1975)





時代(薬師丸ひろ子)





時代(徳永英明)


タグ:時代
posted by 肉まん父さん at 07:19 | Comment(0) | TrackBack(0) | 思い出の名曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月20日

卒業写真

卒業写真(荒井由実)





  本日も当「肉まん父さんのゼロからお金を貯めよう(FX日記)」にお越し頂きありがとうございます。本当に感謝しております。これからも応援よろしくお願い致します。




卒業写真




卒業写真




「春」は「出会い」と「別れ」の季節とも言われます。




また、「3月」は「卒業」のシーズンです。




いろいろな形での「卒業」という場面があり、その際にいろいろな歌が歌われてきたと思っています。




今回は、「卒業」というキーワードに関連した歌の中で、肉まん父さんが一番好きな「卒業写真」という歌をご紹介します。




卒業写真


  悲しいことがあると 開く皮の表紙

  卒業写真のあの人は やさしい目をしてる
  町で見かけたとき 何も言えなかった
  卒業写真の面影が そのままだったから

  人ごみに流されて 変わってゆく私を
  あなたはときどき 遠くで叱って

  話しかけるように 揺れる柳の下を
  通った道さえ今はもう 電車から見るだけ

  あの頃の生き方を あなたは忘れないで
  あなたは私の 青春そのもの

  人ごみに流されて 変わってゆく私を
  あなたはときどき 遠くで叱って
  あなたは私の 青春そのもの




30年以上前から、今までに、何回も聞きなおしました。





「卒業写真」





というキーワードでインターネット百科事典で検索すると




ここから引用です。→


卒業写真
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: ナビゲーション, 検索
卒業写真(そつぎょうしゃしん)

卒業式に撮影した記念写真。
上記から転じて一般的には、入学から卒業するまでの主な行事の写真、クラス・個人ごとの写真を集めて1冊のアルバムに編纂し、卒業後に受け取るもの。⇒卒業アルバムを参照。
荒井由実の代表的なヒット曲⇒卒業写真 (荒井由実)を参照。
2007年4月公開の映画⇒卒業写真 (映画)を参照。


←ここまで引用でした。




というように、今回ご紹介した「荒井由実」氏の「卒業写真」が紹介されています。




肉まん父さんは、「荒井由実」氏の歌は大好きです。




この「卒業写真」という歌は、「荒井由実」氏が1975年に「作詞」「作曲」の両方を行って発表した、肉まん父さんにとっては「名曲」のひとつです。




今現在は、結婚後「松任谷由実」という名になり、数々の名曲を生み出しています。




インターネット百科辞典で





「松任谷由実」





というキーワードで検索すると、




ここから引用です。→



松任谷由実

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

移動: ナビゲーション, 検索

"ユーミン""ゆーみん"はこの項目へ転送されています。同じ愛称を持つDJについては大塚由美をご覧ください。

松任谷 由実

基本情報

出生名 荒井 由実

別名 ユーミン

出生日・地 1954年1月19日(54歳)

血液型 O型

学歴 多摩美術大学

出身地 日本・東京都八王子市

ジャンル フォークソング

ニューミュージック

J-POP

職業 シンガーソングライター

活動期間 1972年〜

レーベル EMIミュージック・ジャパン

事務所 雲母社

共同作業者 松任谷正隆

公式サイト YUMING SOUND LIBRARY

表・話・編・歴

松任谷 由実(まつとうや ゆみ、本名も同じ、1954年1月19日 - )は、日本のシンガー
ソングライター、作曲家、作詞家。(松任谷由美は誤字)。荒井由実(あらい ゆみ)の名で活動していたが、1976年の結婚とともにアーティスト名も改姓。愛称はユーミン (Yuming)。ペンネームは呉田軽穂(くれた かるほ)。匿名性を持って曲を提供する際に用いている。往年の美人映画女優である「グレタ・ガルボ」をもじったものである。東京都八王子市出身。多摩美術大学美術学部絵画学科油絵専攻卒業。血液型はO型。星座は山羊座。

ユーミンという愛称は、13歳のころに初恋相手の中国人(ユーミンが中学生当時追っかけをしていた『ザ・フィンガーズ』のC・U・チェン。 1982年刊行の自叙伝『ルージュの伝言』より)につけてもらった(中国には Yuming というポピュラーな名前がある。イオ・ミン・ペイ(貝聿銘)など)。

夫はアレンジャー、作曲家、音楽プロデューサー、自動車評論家の松任谷正隆。ラジオでは正隆について語る時は「うちの旦那」「まるまつ」「おとうさん」と呼んでいる。



←ここまで引用でした。




と紹介されています。




今回は「3月」という時期に肉まん父さんが思い出す「卒業写真」という歌をご紹介いたしました。




なお、歌詞は画像内に出てきますが、念のためにご紹介いたします。




また、画像は、「音」が出ますので、「職場」などから、ごらんになっている方は、「ご注意」くださいね(ニコッ)。




「卒業写真」松任谷由実


  悲しいことがあると 開く皮の表紙

  卒業写真のあの人は やさしい目をしてる
  町で見かけたとき 何も言えなかった
  卒業写真の面影が そのままだったから

  人ごみに流されて 変わってゆく私を
  あなたはときどき 遠くで叱って

  話しかけるように 揺れる柳の下を
  通った道さえ今はもう 電車から見るだけ

  あの頃の生き方を あなたは忘れないで
  あなたは私の 青春そのもの

  人ごみに流されて 変わってゆく私を
  あなたはときどき 遠くで叱って
  あなたは私の 青春そのもの



卒業写真(荒井由実)

タグ:卒業写真
posted by 肉まん父さん at 08:57 | Comment(3) | TrackBack(0) | 思い出の名曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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