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青い山脈
青い山脈
やはり、肉まん父さんが生まれ育った「昭和時代」というものを振り返ってみると、流行の歌として、脳裏に浮かび上がるのは、
「青い山脈」
という歌です。
ここから引用です。→
青い山脈
肉まん父さんが大好きな歌で、よく口ずさみ、過去に「カラオケ」というところに、行ったときには、歌ったことがある歌をご紹介します。
青い山脈
【作詞】西條 八十
【作曲】服部 良一
1.若くあかるい 歌声に
雪崩は消える 花も咲く
青い山脈 雪割桜 空のはて
今日もわれらの 夢を呼ぶ
2.古い上衣よ さようなら
さみしい夢よ さようなら
青い山脈 バラ色雲へ あこがれの
旅の乙女に 鳥も啼く
3.雨にぬれてる 焼けあとの
名も無い花も ふり仰ぐ
青い山脈 かがやく嶺の なつかしさ
見れば涙が またにじむ
4.父も夢見た 母も見た
旅路のはての その涯の
青い山脈 みどりの谷へ 旅をゆく
若いわれらに 鐘が鳴る
という歌ですが、
・・・中略・・・
肉まん父さん自身が、とくに好きなフレーズは
ふぅるぅい〜うわぎよさようなら〜
さみしいぃ〜ゆめよ、さようならぁ〜
という部分です。
なつかしいぁ。
背景
青い山脈(あおいさんみゃく)は石坂洋次郎原作の日本映画である。1949年・1957年・1963年・1975年・1988年の5回製作されたが最も名高いのは1949年の今井正監督作品である。主題歌の『青い山脈』は日本映画界に於いて名曲中の名曲ともいえる作品で、過去の映画を紹介する番組などでは定番ソングともなっている。この為、映画を見たことが無い人でも歌だけは歌える人が多い。また作中のラブレターで「戀(恋)しい戀しい」というところを「變(変)しい變しい」と誤記してしまうエピソードは名高い。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
詩人西條八十氏が、映画「青い山脈」の主題歌の歌詞を書いたのは、1948(昭和23)年10月のことです。
肉まん父さんが好きな ふぅるぅい〜うわぎよさようなら〜 さみしいぃ〜ゆめよ、さようならぁ〜
という部分は、その当時の人々の希望などがこもっています。
軽快で明るいメロディーに仕上げた服部良一氏のセンスも素晴らしすぎます。
物語の舞台は東北なので、東北の山並みから曲想を得たと思われがちなのですが、
実際には、服部氏は六甲山をみながら作曲したそうである(筒井清忠「西條八十」による)。
大阪から京都へ向かう時、遠くに六甲山が見えました。
空は晴れて美しかったのです。
見つめるうち、にわかに、あの弾むようなメロディーがわいてきたといいます。
買い出しの人たちで、車内は満員だったから、五線紙を広げる余裕すらありません。
仕方なく手帳に書き込んでいき、 最後の一節を書き終えた時、京都駅に着いたそうです。
こうしてできあがった歌の力は大きく、当時、映画のラストシーンで主題歌が流れると、観客が合唱したいう話まで残っているようです。
筒井氏の本には、映画の封切り日、淡路から神戸へやって来た少年の話があります。
2007年に亡くなった作詞家「阿久悠」氏でのことです。
その当時の12歳の阿久悠少年の心にも、「ふぅるぅい〜うわぎよ〜」から社会の雰囲気が伝わってきたと、阿久氏は後に書いています。
戦後の混乱は続いていたのですが、湯川秀樹博士のノーベル物理学賞受賞(1949年)という日本人で初めてのノーベル賞受賞など、
雲間から日差しが差し込んでもいるような時代でした。
湯川秀樹博士→ 1934年、中間子理論構想を発表、1935年、「素粒子の相互作用について」を発表 中間子の存在を予言する。この研究が評価され、1940年学士院恩賜賞受賞、1943年最年少で文化勲章受章。さらに1949年、ノーベル物理学賞受賞した。これは日本人として初めてのノーベル賞受賞であり、このニュースは敗戦・占領下で自信を失っていた日本国民に大きな力を与えたとされ、フィーバーを巻き起こした。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
こうしてできた作詞家西條八十氏と作曲家服部良一氏の歌は、このような戦後間もない時代の息づかいとぴったり合ったから多くの人に受け入れられ、愛されたのだと思います。
←ここまで
「青い山脈」
からの一部引用でした。
また、画像は、「音」が出ますので、「職場」などから、ごらんになっている方は、「ご注意」くださいね(ニコッ)。
青い山脈(藤山一郎)
タグ:青い山脈
ダメおやじ様のブログでご紹介して頂いたおかげで、アクセスが非常に増え、感謝いたしております(ニコッ)。
また、「面はゆいコメント」をいただきましたが、肉まん父さんは、ダメおやじ様には、何もかも及ばない若輩者でございますので、今後もご指導のほど、よろしくお願いいたします。
これからもよろしくお願いいたします。
肉まん父さん