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本籍
本籍
次の記事が神戸新聞に掲載されていました。
ここから新聞記事からの引用です。→
本籍
つい先日、生まれ故郷から本籍を移した。
私にとっては思い入れの強い本籍である。
しかし、その地で生まれ育ったわけでもない家族には、とりたてて感慨はない。
ならば、子供たちが成人したのを機に移したらどうだろう、という話になった。
ではどこへ。
家族の提案で、子どもが生まれた病院の所在地にした。
やがて子供たちの時代になる。
父の故郷より、自分の出生地の方が新しい本籍にふさわしい、というわけである。
地番があるなら、本籍は国内のどこに置いてもかまわない。
とは分かっていても、いざ転籍するとなると、まるで人生の一大事のように思えた。
しかし、役所の手続きはあっけなかった。
窓口の職員は、その場所が実在することを資料で調べ、いくつか確認すると「はい、結構です」。
拍子抜けしたが、転籍する人が意外にいるので、ありふれた手続きの一つなのかとも思った。
その証拠に、西宮市の阪神甲子園球場の所在地を本籍にする人が少なくない。
「180人以上」という本紙記事が、少し前にあった。
熱い阪神タイガースファンだろうか。
皇居の地を選んだ人もいる。
30年ほど前に出版された上前淳一郎さんの「本籍・千代田区千代田一番」(現代史の死角所収、新潮社)は、日本のど真ん中へ転籍した人々にその真意を尋ねた労作である。
そのときで235人、いまは2千人を超すそうだ。
自分のことを振り返っても、いっときの思いつきで本籍は移さない。
なぜ、どこへ転籍するかには、それなりの理由がある。
「個人情報」の壁で取材は難しいだろうが、最新の転籍事情をつぶさに調べられるなら、現代人の興味深い素顔が浮かび上がってくるかもしれない。
(樹)
←ここまで2007年6月2日神戸新聞夕刊1頁からの引用でした。
肉まん父さん自身は、結婚を機会に「本籍」を移しました。
肉まん父さんの娘たちも将来は本籍を今の地番から新たな地番へとうつしていくことでしょう。
肉まん父さん自身の実家で、肉まん父さんが、今も思い浮かぶ情景は、夜、銭湯への行き帰りで見上げたときの「夜空」がきれいだったことを覚えています。
ただ、夏は「きれいだなぁ」で済んだのですが、冬などは「雪道」などで下駄などが「つるり」とすべって転び、せっかく温まったのに、また体が冷えてしまったこともありました。
その際には、銭湯に引き返して、事情を番台のおじちゃんやおばちゃんに説明して、「タダ」で入り直しさせていただいたこともあります。
懐かしいなぁ。
それらの実家や銭湯もすべて今は存在していません。
兵庫県南部大震災でなくなりました。
だから、あの懐かしい思い出や光景はすべて、肉まん父さんの「心」の中にだけ存在しています。
この思い出は子供時代の思い出ですから、今の家族はしる由(よし)もありません。
思い出したら、「なぜか」涙腺がゆるんできました。
肉まん父さんの個人的な「本籍」という言葉に対するイメージは
「ある世代が、そこで新たな人生をたちあげる決意をし、そこで次の世代が生まれ育っていく」
というものです。
今回はここまでとさせていただきます。
これからもよろしくお願いいたします。
肉まん父さん
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